風対決②
カイルの周囲で、風が静かに渦を巻き始めた。
先ほどまでとは違う。
荒々しく吹き荒れるのではなく、その一つ一つがカイルの動きに従うように流れている。
セリオは《飛燕》を構え直した。
「ようやく、やる気になった?」
「最初から手は抜いていない。」
「その割には余裕そうだったけどな。」
「お前がどこまでできるか、見ていただけだ。」
「それを手抜きって言うんだよ。」
セリオが地面を蹴る。
左右の《飛燕》を広げ、低い姿勢でカイルへ迫った。
右の剣を斬り上げる。
カイルが《裂兎》で受け流す。
間髪入れず、左の刃が首筋を狙った。
しかし、カイルの身体が風に押されるように僅かに沈む。
刃は髪を掠めただけだった。
「《刃風》!」
至近距離から放たれた風の刃が、カイルへ襲いかかる。
カイルは空いている手を前へ突き出した。
「《散風》」
風の刃が触れた瞬間、無数の細い流れへ分解される。
「っ……!」
散らされた風が逆にセリオへ襲いかかり、頬や腕へ浅い傷を刻んだ。
その隙へ、《裂兎》が突き出される。
セリオは左の《飛燕》で切っ先を逸らした。
右の剣を振り抜こうとした瞬間、足元で風が弾ける。
「うおっ!」
身体が浮いた。
体勢を崩したセリオの腹部へ、カイルの蹴りが食い込む。
風を纏った一撃に吹き飛ばされ、背中から地面を転がった。
「いてて……。」
セリオはすぐに立ち上がる。
口元を拭うと、手の甲に僅かな血が付いた。
「風の使い方がいやらしいな。」
「褒め言葉として受け取っておこう。」
「褒めてねぇよ。」
軽口を叩きながらも、セリオの目はカイルから離れない。
速さなら追える。
力でも負けてはいない。
だが、風の扱いが違う。
カイルは術を放っているのではない。
呼吸をするように、常に風を操っている。
攻撃も。
防御も。
移動さえも。
すべてが途切れることなく、一つに繋がっていた。
「隊長に聞いてたよりも、強いかもな。」
セリオが痺れの残る腕を軽く振る。
カイルは何も答えなかった。
「……昔、戦場を切り裂いてたって。」
「くだらん。」
「あぁ、そうかい。」
セリオは肩をすくめ、へらへらと笑った。
だが、その目だけは笑っていない。
カイルが《裂兎》を腰の横へ引く。
その構えを見た瞬間、セリオの笑みが消えた。
森を流れていた風が止まる。
木々の葉も。
舞い上がっていた砂埃も。
すべてが、不自然なほど静まり返った。
「……今度は、さっきのよりやばそうだな。」
風が消えたわけではない。
森中の風が、カイルのもとへ集まっている。
《裂兎》の切っ先を中心に渦を巻き、一本の巨大な槍を形作っていく。
圧縮された風が空気を軋ませ、周囲の地面へ細かな亀裂を走らせた。
セリオは《飛燕》を交差させる。
だが、その一撃が放たれる前に理解する。
これは受け流せない。
同じ風では押し返せない。
「……こりゃ、風じゃ無理だな。」
カイルが踏み込んだ。
「《槍烈風》」
《裂兎》が突き出される。
巨大な風の槍が、地面と木々を抉りながら一直線に襲いかかった。
「そりゃ無理だ!」
セリオは即座に《飛燕》を光へ戻した。
緑色の輝きが消え、代わりに土色の光が両手へ集まる。
「《鎮岳》!」
幾重もの岩盤を重ねたような大盾が、セリオの前へ顕現した。
両手で掴み、地面へ深く突き立てる。
直後。
《槍烈風》が《鎮岳》へ激突した。
森を揺るがす轟音。
大地が爆ぜ、盾の左右へ逃げた風が周囲の木々をなぎ倒していく。
「ぐっ……!」
セリオの両足が地面を削った。
踏ん張る。
だが、勢いを殺し切れない。
「うおおおっ!」
ついには《鎮岳》ごと身体が浮き上がる。
何本もの木をへし折りながら吹き飛ばされ、背中から地面へ叩きつけられた。
土煙が森を覆う。
しばらくして。
その中から、巨大な盾がゆっくりと持ち上がった。
「くぅー……。」
セリオは痺れた両腕を振りながら、立ち上がる。
《鎮岳》に傷はない。
だが、攻撃の勢いまでは止め切れなかった。
「やっぱ隊長のようにはいかねぇか。」
苦笑しながら、大盾を肩へ担ぐ。
カイルは初めて目を見開き、その手にある霊器を凝視していた。
「……土の霊器だと?」




