できた子達②
◇
「ほら! いつまで店先で騒いでんだい!」
奥からログのお母さんの声が飛んでくる。
「ログ! 肉持ってきな!」
「分かってるよ!」
「アルト君とガオン君はゆっくりしてな!」
「はーい!」
「何か手伝えることがあれば――」
「ガオン!」
「なんだ?」
「座ってろ!」
「……分かった」
ログに言われ、ガオンが渋々椅子へ腰を下ろした。
「お前、ほんと真面目だな」
「世話になる家で何もせず座っている方が落ち着かん」
「俺は平気!」
「お前は少し気にしろ!」
「なんでだよ!」
そんなやり取りをしている間に、ログは大量の肉を抱えて奥へ消えていった。
俺は店内を見回す。
壁に並ぶ包丁。
棚に積まれた鍋。
見たことのない工具。
奥からは料理を始めた音と、さらにその向こうから鍛冶場の槌の音が聞こえてくる。
「…………」
なんかいいな。
色んな音がする。
軍の施設とは全然違う。
「なぁ、ガオン」
「ん?」
「家って、こんな感じなのかな」
「……こんな感じとは?」
「んー……」
うまく言えない。
「色んな音がする」
「…………」
ガオンは少しだけ周りを見回した。
「まぁ、俺の家とは随分違うがな」
「城だもんな」
「ああ。こんなに狭いところで家族全員が過ごすこともない」
「じゃあガオンも初めて?」
「何がだ」
「友達ん家に泊まるの」
「…………」
ガオンが黙った。
「……そういえば、そうだな」
「一緒じゃん!」
「一緒にするな」
「なんでだよ!」
「お前と同じ扱いはなんか嫌だ!」
「ひどい!」
言い返そうとしたところで、奥からログが戻ってきた。
「お前ら何騒いでんだ?」
「ガオンも友達ん家に泊まるの初めてなんだって!」
「言わなくていい!」
「へぇ」
「ログまでその顔やめろ!」
ログがにやにやしている。
「王子様も普通なんだな」
「お前ら今日そればっかりだな!」
「ははっ。悪い悪い」
ログは笑いながら親指で奥を指した。
「飯までまだかかるってよ。先に風呂入ってこいって」
「風呂!」
思わず立ち上がる。
「どこ⁉︎」
「食いつくなぁ……」
「風呂好きだぞ!」
「そうなのか?」
「うん!」
「じゃあ案内する。うちは鍛冶場あるから、風呂はちょっと広めなんだよ」
「なんで?」
「親父達、仕事終わると汗と煤でひでぇからな。昔から少し広く作ってある」
「へぇー!」
面白そう。
「ガオンも行こうぜ!」
「三人でか?」
「入れるぞ」
「…………」
「どうした?」
「いや……」
ガオンが微妙な顔をする。
「王族ってみんなで風呂入らないの?」
「少なくとも俺は、友人と風呂に入る習慣はない」
「今日からできるな!」
「勝手に習慣にするな!」
◇
「うわ、ほんとに広い!」
湯気の立つ浴室へ入った瞬間、声が響いた。
五、六人くらいなら普通に入れそうな湯船。
家の風呂ってもっと小さいものだと思ってた。
「走んなよ。滑るぞ」
「分かってる!」
「さっき階段で転んだ奴の台詞じゃねぇ」
「……あれは違う」
「何が違うんだ?」
「違うったら違う!」
身体を洗って、湯船へ入る。
「はぁぁぁぁ……」
肩まで浸かる。
「気持ちいい……」
「おっさんみてぇな声出すなよ」
ログも隣へ入ってくる。
少し遅れてガオンも湯船に入った。
「…………」
「ガオン?」
「なんだ」
「固くない?」
「何がだ」
「座り方」
「風呂の座り方に固いも何もあるか!」
背筋がぴんと伸びている。
「もっとこう……だらーんって」
「やらん」
「こうだぞ」
俺は湯船の縁に頭を乗せて、身体の力を抜いた。
「はぁぁぁ……」
「だからおっさんみてぇだって」
「ログもやってみろよ」
「やらねぇ」
「気持ちいいのに」
「……お前、順応するの早すぎだろ」
「何に?」
「人ん家に」
「…………」
言われてみれば。
最初は緊張してたけど。
「楽しいからな!」
「……そっか」
ログが少し笑った。
「なら誘ってよかったよ」
「おう!」
「…………」
ガオンが俺たちを見ている。
「何?」
「いや」
ガオンは肩まで湯に沈んだ。
「……悪くないな」
「だろ!」
「別にお前の家じゃないだろ」
「細かいなぁ」
しばらく三人で湯に浸かる。
するとログが俺の身体を見て、ふと黙った。
「…………」
「ん?」
「いや」
視線が、身体に残った傷跡を追っている。
「アルト、お前――」
ガラッ!
「兄貴ー! 母ちゃんが――」
浴室の扉が開いた。
「…………」
「…………」
「…………」
顔を出したのはロナーだった。
「……悪い」
閉まった。
「なんだったんだ?」
「さぁ」
「用件聞けよ」
少しして。
扉の向こうから声がした。
「母ちゃんが、あんまり長風呂すんなってよー!」
「分かったー!」
ログが返事をする。
「兄さんも入ればいいのに」
「仕事終わってからだとよ!」
「そっか!」
再び静かになる。
「…………」
「…………」
「…………」
「なぁ」
俺は二人を見る。
「腹減った」
「風呂入る前から言ってただろ」
「風呂入ったらもっと減った」
「もう出るか」
「おう!」
◇
風呂から上がって少し経った頃。
外はすっかり夕方になっていた。
店先には明かりが灯り、鍛冶場から聞こえていた槌の音も止んでいる。
「いい匂い……」
キッチンの方から肉の焼ける匂いが漂ってくる。
「まだだよ!」
「何も言ってないのに!」
「顔に書いてある!」
ログのお母さんに怒られた。
「さっきから顔で判断される……」
「分かりやすいんだろ」
ガオンが笑う。
「ガオンだって肉見たら――」
カラン。
店の扉についた鐘が鳴った。
「ただいまー!」
女の子の声。
「あ、おかえり!」
ログのお母さんが店の方へ顔を出す。
「遅かったね、ロゼ!」
「アカデミアでちょっと話してたの! もうお腹すいたー!」
「ちょうどいいところだよ。兄ちゃん帰ってきてるから」
「え⁉︎」
バタバタと足音が近づいてくる。
「兄ちゃん帰ってんの⁉︎ なんで連絡――」
一人の女の子が勢いよく顔を出した。
ログと同じくらいの茶色い髪。
アカデミア帰りなのか、肩には鞄を提げている。
「おう、ロゼ」
「兄ちゃん!」
ロゼは嬉しそうに笑い――。
「……ん?」
俺を見る。
「…………?」
次に。
ガオンを見る。
「…………」
止まった。
「?」
ガオンも首を傾げる。
「どうした?」
「…………え?」
ロゼが瞬きをする。
もう一度ガオンを見る。
「え……?」
「ロゼ?」
ログが呼ぶ。
でも聞こえていない。
ロゼの指が、ゆっくりガオンへ向いた。
「…………ガオン王子?」
「ん?」
「…………」
ガオンが答えた瞬間。
ロゼの顔から血の気が引いた。
「え……」
一歩下がる。
「え⁉︎」
俺とログを見る。
もう一度ガオンを見る。
「えええええええええええええええええええ⁉︎」
「うわっ⁉︎」
店中に声が響いた。
「なんでガオン王子がうちにいるのぉぉぉぉぉ⁉︎」
奥からログのお母さんが顔を出す。
「あぁ、やっぱり知ってたかい」
「知ってるよ‼︎ なんで母ちゃん普通なの⁉︎」
「さっき驚いたからね」
「そういう問題じゃないでしょ⁉︎」
「…………」
ガオンが俺を見る。
「アルト」
「ん?」
「俺、帰った方がいいか?」
「なんで?」
「俺がいるだけで騒ぎになる」
「面白いからいいじゃん」
「よくねぇよ!」




