屋台②
「ここ楽しいな!」
屋台の並ぶ通りへ足を踏み入れた途端、思わず声が出た。
「まだ入り口に入っただけだろ」
隣を歩くガオンが呆れたように言う。
「それだけで楽しい!」
右を見ても左を見ても、知らない店ばかりだ。
香ばしい肉の匂いに、焼きたてのパン。色とりどりの果物が山積みになった店の隣では、見たことのない香辛料が瓶いっぱいに並んでいる。
少し先では、大きな鉄板の上で何かを焼いていた。
「あれなんだろ」
「知らん」
「見てこようぜ!」
「お前、肉買いに来たんじゃ――」
「おい! お前らこっちだぞ!」
人混みの向こうからログが手を上げていた。
「あ、ちょっと待てよ!」
危ない。
普通に置いていかれるところだった。
ログを追いかけようとした――その時。
「…………?」
足が止まる。
誰かに。
見られているような気がした。
振り返る。
屋台の前で料理を受け取る人。
店主と値段の交渉をしている人。
荷物を抱えて歩いていく人。
こっちを見ている奴なんて、いない。
「おい、急に止まるな」
「あぁ、ごめん」
後ろから来たガオンに肩を押される。
もう一度だけ周囲を見回した。
(……気のせいか)
今日はさっきから変だ。
あの訛りを聞いたせいかな。
「アルト! 置いてくぞ!」
「今行く!」
考えるのをやめて、ログの後を追った。
◇
「…………」
目の前に置かれた肉の塊を見る。
でかい。
とにかく、でかい。
「ログ」
「なんだ?」
「肉十五キロって買いすぎじゃない?」
「こんくらい食うだろ?」
「食うかなぁ……」
「お前とガオンいるし」
「俺達を何だと思ってるんだ」
ガオンが眉を寄せる。
でも、さっき肉って聞いただけで目を輝かせてたし。
ログの判断は間違ってない気がする。
「おい、ログ」
「ん?」
「支払いはさせてくれ」
「遠慮すんな」
「しかし、三日も世話になるんだぞ」
「大丈夫だって!」
「だが――」
「いいから!」
「……すまんな」
ガオンが申し訳なさそうに引き下がる。
ログはそんなガオンを見て、少し笑った。
「ガオンって意外と気にしがちだよな」
「……意外ってどういう意味だ」
「そのままの意味だよ」
「どういう意味かと聞いている!」
「だからそのままだって!」
二人が言い合っている横で、俺は別の店へ目を奪われていた。
「ねぇ! これうまそう!」
「ん?」
ログがこっちを見る。
俺が指差した先には、焼きたての肉を挟んだパンが並んでいた。
「じゃあ、それも買うか」
「やった!」
「お前は遠慮しなさすぎだ!」
ガオンが俺を指差す。
「だってログがいいって」
「少しは悪いと思え!」
「なんで?」
「お前なぁ!」
「ははっ! まぁいいじゃねぇか」
ログが笑いながらガオンの背中を叩いた。
「お前もなんか選べ!」
「俺はいい」
「食いたいのあるだろ?」
「…………」
ガオンの視線が動く。
そして。
「……これ」
指差した。
「…………」
肉が見えない。
串に刺さっているのは分かる。
でも表面を大量の香辛料が覆っていて、肝心の肉がほとんど見えなくなっていた。
「おー、お目が高いな」
ログが感心したように頷く。
「辛くないか?」
「そこまで辛くねぇよ。香辛料が多いだけだ」
「ほんと?」
「食えば分かる」
ログはそのまま店主へ顔を向けた。
「おやじさん! これ、あるだけくれ!」
「あるだけ⁉︎」
「あいよ!」
店主が豪快に笑い、残っていた串をまとめ始める。
「ありがとよ! 今日は早く店仕舞いできるよ!」
「よかったな、ガオン!」
「俺のせいみたいに言うな!」
大量の肉。
串焼き。
パン。
他にもいくつか食材を買い足していく。
両手いっぱいになっていく荷物を見ながら、ガオンが再び口を開いた。
「……支払い」
「うるせぇ」
「まだ何も言ってないだろ!」
「どうせ払わせろって言うんだろ」
「当然だ!」
「いらねぇって!」
「だが――」
「お前、しつけぇぞ!」
「世話になる側として当然の――」
「じゃあ別のことに使え!」
「別のこと?」
ガオンが少し考える。
それから、ふと店主へ顔を向けた。
「おやじさん」
「あいよ?」
「この辺りで、いい手土産を買える店はないか?」
「まだ諦めてなかったのかよ!」
ログが声を上げる。
「これは俺の問題だ。お前に止められる筋合いはない」
「なんでそこだけ頑固なんだよ……」
「そうだなぁ」
店主が腕を組んで考える。
「高くてもいいなら、この道を抜けたところに菓子屋があるぞ」
「菓子屋?」
「ああ。ちょいと値は張るが、珍しいもん置いてる店だ。異国の菓子なんかもあるらしいぞ」
「いいな、そこ」
ガオンが満足そうに頷く。
「ありがとう」
「あいよ!」
店主が笑いながら手を上げた。
「毎度あり!」
「…………」
ガオン。
絶対買う気だ。
「ログ」
「なんだ」
「諦めた方がいいと思う」
「……俺もそんな気がしてきた」
「聞こえてるぞ、お前ら」
肉の包みを抱えながら、俺達は顔を見合わせた。
まだ買い物は始まったばかりだった。




