屋台
◇
荷物を部屋へ置き、一階へ戻る準備をする。
アルトの鞄から枕が半分飛び出していたのは気になったが……まぁ、本人が必要だと思ったんだろう。
「じゃあ、買い物行ってくるか」
「おー!」
アルトが勢いよく手を上げる。
「待て」
ガオンが真剣な顔で口を挟んだ。
「手土産も買うぞ」
「……まだ言ってんのかよ」
「当たり前だろう。突然三日も世話になるんだぞ」
「お袋が気にしなくていいって言ってただろ」
「それとこれとは別だ」
「…………」
また言ってやがる。
まぁ、いいか。
こいつが買いたいって言うなら好きにさせよう。
「分かった分かった。途中で店も見てやるよ」
「うむ」
「なんでちょっと偉そうなんだよ」
三人で部屋を出て、階段へ向かう。
下からお袋の声が聞こえてきた。
誰かと話してるみたいだな。
客か?
「いやー、ほんまに助かりますわー! スミスマンさんとこの包丁はよう売れるんですわ!」
「はいはい。じゃあ、もっと高く仕入れてくれよ」
「なんでやねん!」
「何なのさ! 売れるって言ったのはあんただろ!」
聞き覚えのある声だった。
たまにうちの商品をまとめて仕入れに来る、メルカディアの商人だ。
(あぁ、メルカディアの……仕入れに来たのか)
包丁や鍋なんかをまとめて買って、自分のところで売ってるらしい。
俺には関係ない。
気にせず階段を下りようとした、その時。
ガタンッ!
「ん?」
後ろから大きな音がした。
「どした?」
振り返る。
「…………」
アルトが階段に尻餅をついていた。
「い、いや、大丈夫。なんでもない」
「……?」
何やってんだ、こいつ。
「そうか?」
「うん」
怪我をした様子もない。
その隣で、ガオンが鼻を鳴らした。
「はっ。腹でも空かせすぎたか?」
「そんなんじゃないし」
「だったら何で転んでるんだ」
「ちょっと足滑らせただけ!」
「子供か」
「うるさい!」
「いいから行くぞ。買い物してる間に日が暮れちまう」
「おう!」
いつもの調子で返事が返ってくる。
なら大丈夫か。
俺はそのまま階段を下りた。
◇
「なんでやねん!」
「――っ!」
びっくりした。
聞こえてきた声に身体が勝手に反応して、足を踏み外した。
「…………」
思わず尻餅をついたまま、階下へ目を向ける。
知らない声だ。
当たり前だ。
いるはずがない。
そんなこと、分かってるのに。
「どした?」
先にいたログが振り返る。
「い、いや、大丈夫。なんでもない」
「……? そうか?」
「うん」
ははは。
自分のことながら情けない。
「はっ。腹でも空かせすぎたか?」
ガオンが笑う。
「そんなんじゃないし」
「だったら何で転んでるんだ」
「ちょっと足滑らせただけ!」
「子供か」
「うるさい!」
「いいから行くぞ。買い物してる間に日が暮れちまう」
「おう!」
立ち上がって、服についた埃を払う。
大丈夫。
大丈夫。
今日は友達の家に遊びに来たんだ。
しかも、初めての泊まり。
せっかくなんだから楽しまなきゃ!
階段を下りると、おばさんと話していた男の横を通り過ぎる。
ちらりとだけ見る。
知らない人。
やっぱり、それだけだった。
「行ってきまーす!」
「あいよ! 気をつけて行っといで!」
おばさんに見送られ、三人で店を出た。
◇
「お前ら、この辺来るの初めてだよな?」
店を出て少し歩いたところで、ログが振り返った。
「中央の辺りは行ったことあるけど……こっちは初めて」
「俺もだな」
ガオンも周囲を見回している。
「まぁ、こっちは食品を扱ってる店があんまりないしな。鍛冶屋とか金物屋ばっかだ」
確かに。
歩いていても目につくのは包丁や鍋、農具に工具。
さっきからずっと。
カァン。
カァン。
あちこちから鉄を叩く音が聞こえている。
「じゃあ、ついてきてくれ」
「おう!」
ログの後についていく。
家を出て、軍事局とは反対の方へ。
鍛冶屋の並ぶ通りを抜けていくにつれて、鉄と鉄がぶつかる音が少しずつ遠ざかっていった。
代わりに人の声が増えていく。
行き交う人。
荷車。
買い物袋を抱えた人達。
十分くらい歩いただろうか。
「……ん?」
鼻をくすぐる匂いに気づいた。
「なんか、いい匂いする」
「ああ」
「肉か?」
ガオンの反応が早い。
「ガオン、肉の時だけすごいな」
「うるさい」
さらに少し歩くと、通りが一気に開けた。
「着いたぞ」
「ここは……」
ガオンが周囲を見回す。
「屋台が多いな」
「うわぁ……」
思わず声が漏れた。
通りの両側に、ずらりと屋台が並んでいる。
串に刺した肉を焼いている店。
大きな鍋から湯気を立ち上らせている店。
焼きたてのパンを積み上げた店。
野菜や果物を山のように並べている店もある。
さっきまで鉄と炭の匂いばかりだったのに、ここは肉や香辛料、焼けたパンの匂いが入り混じっていた。
「すげぇ……」
「アルト」
「ん?」
「買い食いする前に肉だぞ」
「まだ何もしてないだろ!」
「顔がしてた」
「顔で決めるなよ!」
「いや、俺も今すると思ったぞ」
「ガオンまで⁉︎」
ログが笑いながら、屋台の並ぶ通りのさらに奥を指差した。
「ここの屋台に肉下ろしてる店があってよ。個人にも売ってくれるから、大量に買うならそっちの方が安いんだ」
「大量に……」
ガオンの目が輝く。
「お前、ほんと肉好きだな」
「悪いか」
「悪くないけど」
俺も腹減ってきた。
夕飯は肉。
それも、たくさん。
「ログ!」
「なんだよ」
「早く行こう!」
「お前も同類じゃねぇか」
「俺は育ち盛りだから!」
「俺達、同い年だろ」
「じゃあログも育ち盛りだ!」
「意味分かんねぇよ」
笑いながら歩き出すログを追って、俺とガオンも賑やかな通りへ入っていった。




