友達の家③
◇
「親父ー、兄さんー。帰ったぞー」
店の奥へ入り、さらに鍛冶場へ続く扉を開ける。
途端に熱気が肌を撫でた。
赤々と燃える炉。その前には、使い込まれた金床や大小様々な槌が並んでいる。子供の頃から何度も見てきた光景だ。
久しぶりに嗅ぐ炭と鉄の匂いに、帰ってきたんだと実感する。
「………おう」
炉の前にいた親父が、こっちを見て短く答えた。
相変わらずだ。
久しぶりに息子が帰ってきたってのに、これだけ。
その代わり、隣で作業していた兄さんは俺を見るなり笑った。
「お! おかえり!」
「ただいま」
「母ちゃんキレてたろ」
槌を置きながら、兄さん――ロナーが楽しそうに笑う。
「いきなり帳面投げられたよ」
「ははっ! やっぱりな!」
「笑い事じゃねぇよ。普通に痛かったぞ」
「連絡しねぇお前が悪い」
「兄さんまでそれ言うのかよ」
額には、まだ帳面が当たった感触が残っている。
まぁ。
何も言わずに帰ってきた俺が悪いのは分かってるけど。
「……ログ」
親父が俺を呼ぶ。
「ん?」
「……もう少し、母ちゃんに連絡してやれ」
「…………」
親父はそれだけ言うと、また手元の鉄へ視線を戻した。
「あー……気をつけるよ」
「……ありがとな」
「いいって」
親父がこういうことを言う時は、大抵母ちゃんが俺のことで何か言っていた時だ。
軍から怪我の連絡が来る度に騒いでいたんだろう。
帰ってきた時くらい、顔を見せろとも。
分かってはいる。
分かってはいるんだけど。
こっちにいると、つい後回しにしちまう。
「それより、今日二人友達来てるから。後で紹介する」
「二人?」
兄さんが反応する。
「ああ。三日後まで泊めることになった」
「へぇ! お前が友達連れてくるなんて珍しいな!」
「うるせぇな」
「で? どんな奴?」
「一人は魔器も見てほしいってよ」
そう言うと、兄さんの顔が変わった。
「そーゆーことなら、兄ちゃんの出番だな!」
「あぁ、頼む!」
兄さんは昔から武器を見るのが好きだ。
俺もある程度の手入れはできるけど、細かい調整までやるなら兄さんに見てもらった方がいい。
「そいつら泊めるんだけど、鍛冶場も見させてやっていいか?」
親父へ聞く。
親父は少しだけ考えてから。
「……母ちゃんに殴られなかったか?」
「そこ基準なのかよ」
「ははっ!」
兄さんがまた笑う。
「まぁ……ヒルト以来の礼儀正しい子達だってよ」
「……ならいい」
「それでいいのかよ」
母ちゃんの判断、信用されすぎだろ。
でも許可は出た。
「よし。とりあえず明日辺り案内するか」
「ちなみに、どんな魔器だ?」
「杖術に使いそうなやつだな。重くて頑丈なやつだ。《砕》って名前だったか」
「へぇ」
「ヒルトが選んだってよ」
「あぁ、じゃあ間違いはなさそうだな!」
兄さんが頷く。
ヒルトは武器を見る目がある。
あいつが選んだなら、少なくとも使い手に合わない物を適当に渡したってことはないだろう。
「じゃ、あいつら部屋に案内してくるから。飯の時にな」
「おう!」
「……ログ」
「ん?」
出ていこうとしたところで、親父に呼び止められる。
「……後で肉買ってこい」
「肉?」
兄さんがにやっと笑った。
「今日はご馳走だな」
「よっしゃ!」
久しぶりに家で食う飯。
しかも肉。
それだけで少し楽しみになってきた。
◇
「待たせたな」
店へ戻ると、アルトとガオンは言いつけ通り大人しく座っていた。
……アルトが店の商品をキョロキョロ見回しているのは、大人しくしていると言っていいのか微妙だけど。
「どうだった?」
俺の姿を見つけるなり、アルトが立ち上がる。
「明日、見に来いってよ」
「よっしゃ!」
両手を上げて喜ぶ。
「鍛冶場入っていいの⁉︎」
「ああ。ただし勝手に触るなよ」
「分かってるって!」
「お前の『分かってる』は信用できねぇ」
「なんでだよ!」
「普段の行いだ」
「ログまでアーヴェル隊長みたいなこと言う!」
知らねぇよ。
隣ではガオンも、店の奥へ興味深そうな視線を向けていた。
「鍛冶場か……」
「ガオンも見たいのか?」
「ああ。考えてみれば、ちゃんと見るのは初めてだな」
「じゃあ二人とも明日な。今日はもう仕事してるから邪魔すんなよ」
「おう!」
「分かった」
そこで母ちゃんが俺たちの会話に入ってきた。
「アルト君、ガオン君。荷物は二階の部屋に置いておきな」
「あ、はい!」
「ありがとうございます」
「ログ! 案内してやんな!」
「はいはい」
立ち上がりかけて、親父に言われたことを思い出す。
「あ、そうだ。親父が肉買ってこいってよ」
「……肉‼︎」
ガオンが食いついた。
「…………」
俺とアルトが同時にガオンを見る。
「なんだ」
「ガオン」
「なんだよ」
アルトが呆れたように首を振った。
「はしたないぞー」
「お前にだけは言われたくない!」
「俺そんな声出してないもん」
「うるさい!」
「あら、肉好きかい!」
母ちゃんが嬉しそうに笑う。
「なら、たくさん買わなきゃねぇ!」
「いや」
さっきまで肉に目を輝かせていたガオンが、急に姿勢を正した。
「お気遣いなく。急に押しかけた身ですし、泊めていただくだけでも――」
「構うさ」
母ちゃんが、あっさりと言葉を遮った。
「息子が命を預ける仲間なんだから」
「…………」
ガオンが黙った。
アルトも。
俺も、一瞬だけ母ちゃんを見る。
母ちゃんはそんな俺たちなんか気にも留めず、さっさと店の奥へ向かっていく。
「せっかく来たんだ。腹いっぱい食べていきな!」
「…………」
ガオンはその背中を見つめてから、少しだけ表情を柔らかくした。
「……それでは、お言葉に甘えて」
「そうしな!」
「俺もいっぱい食う!」
「アルト、お前は最初から遠慮する気ねぇだろ」
「だって泊まりに来たんだぞ?」
「だからなんだよ」
「いっぱい食った方が楽しい!」
「……まぁ、いいけどよ」
俺は二人の荷物を指差した。
「ほら。先に部屋行くぞ」
「おう!」
「世話になる」
二人を連れて階段へ向かう。
背後では、母ちゃんが夕飯の支度を始める音がして。
さらに奥からは、親父と兄さんが鉄を叩く音が響いていた。
いつもと変わらない家の音。
ただ今日は。
そこに、二人分の足音が増えていた。




