友達の家②
次の瞬間。
「てめぇー! 帰ってくんなら連絡の一つぐらい寄越せ、このタコ!」
「え――」
女性が手にしていた帳面が宙を舞った。
一直線に飛んでいき――。
バシンッ!
「いっで!」
ログの額に直撃した。
「な、何すんだよ!」
「軍から何回お前の治療の連絡が来たと思ってんだい! 帰ってきたと思ったら、いっつもでかい怪我ばっかして! 少しは親の身にも――」
ものすごい勢いでログを怒鳴りつけていた女性の目が、ふとこちらを向いた。
「……ありゃ?」
「…………」
「友達かい?」
まずい。
何がまずいのか分からないけど、ちゃんと挨拶しないと。
俺は慌てて背筋を伸ばした。
「は、は、初めまして! アルトです! よろしくお願いします!」
声が裏返った。
隣ではガオンが胸に手を添え、いつもとはまるで違う丁寧な仕草で頭を下げる。
「お初にお目にかかります。ガオン・レオニスと申します。本日からお世話になります」
「あらあら!」
さっきまでの怒鳴り声はどこへやら。
女性の顔がぱっと明るくなった。
「丁寧なご挨拶を! ヒルト君以来だねぇ! こんな礼儀正しい子達は!」
「…………」
俺も入ってる?
入ってるよな?
たぶん。
「ゼンのクソガキみたいな子達だったら、ボコボコにしてたよ……」
「え?」
今、急に怖いこと言わなかった?
「いきなり何すんだよ!」
額を押さえていたログが、ようやく帳面を拾い上げる。
「痛ぇな!」
「うるさい! 友達来てんなら先に言いな!」
「言う前に投げたんだ……いっで!」
ログの頭に拳が落ちた。
「いいから! 友達来てんなら早く上げな!」
「はいはい……」
ログが頭を擦りながら、俺たちを指差す。
「今日から何泊か、こいつら泊まらせるぞ。三日後にはスパーナに行くから、それまで」
「え! そんなに休み貰ったのかい!」
「十日だ!」
「十日⁉︎」
女性が目を丸くする。
「あー! いい身分だねぇ!」
「なんだよ、その言い方」
「軍人様は随分と羽振りがいいことで!」
「ルミナスから帰ったばっかなんだからいいだろ!」
「はいはい」
女性は面倒そうに手を振ったあと、ふいっと顔を逸らした。
「……そんなに休むなら、もっとゆっくりしときゃいいのに……」
「ん?」
「なんでもないよ!」
「今なんか言っただろ」
「言ってない!」
「言ったって」
「母親に口答えすんな!」
「横暴だろ!」
ログが叫ぶ。
なんだか。
「…………」
ちょっと面白い。
隊舎にいるログとは全然違う。
いつもは俺やレテに突っ込んでるのに、ここではずっと突っ込まれている。
「何笑ってんだ、アルト」
「笑ってない」
「笑ってんだろ」
「へへっ」
「笑ってんじゃねぇか!」
「仲いいな、お前ら」
ガオンまで笑う。
「どこがだよ!」
「ほらほら! いつまでも店先で騒いでないで、奥に父ちゃんいるから顔見せておいで!」
「あー、分かったよ」
ログが奥へ向かいかけて、俺たちを見る。
「二人とも、そこに座っとけ」
「え? 俺も見たい!」
「駄目だ」
「なんで!」
「鍛冶場に勝手に人入れると親父がキレんだ」
「…………」
俺は素直に椅子へ座った。
「はーい」
「切り替え早ぇな」
「怒られるの嫌だし」
「賢明だ」
ガオンも俺の隣へ腰を下ろし、ログの母親へ軽く頭を下げる。
「失礼します」
「あんたも、そんなにかしこまらなくていいよ!」
「いえ、しかし――」
「いいのいいの! 狭い家だけど、ゆっくりしていってね!」
「……ありがとうございます」
ガオンが少し困ったように笑う。
やっぱりこういう時はちゃんと王子なんだな。
「そーいや母ちゃん」
「なんだい?」
「ロゼと兄さんは?」
「ロゼはまだアカデミアだよ。ロナーも奥。父ちゃん手伝ってんじゃないかね」
「そっか」
ログはそれだけ聞くと、店の奥へ消えていった。
「…………」
ロゼ。
ロナー。
初めて聞く名前だ。
俺は隣のガオンへ少しだけ身体を寄せる。
「……兄妹かな?」
小声で聞く。
ガオンも声を落とした。
「……だろうな」
「どっちがどっちだと思う?」
「ロナーが兄だろ。ログが『兄さん』と言った直後に名前が出た」
「あ、そっか」
「お前、話聞いてたか?」
「聞いてたよ!」
「なら分かるだろ」
「名前覚えるので精一杯だったんだよ」
「二人だぞ?」
「二人もだぞ」
「…………そうか」
なんだその顔。
そんな俺たちの会話が聞こえていたのか、店の奥へ向かっていたログの母親が振り返った。
「ああ、ロナーはログの兄貴で、ロゼは妹だよ!」
「やっぱり!」
「聞こえてたのか……」
ガオンが額を押さえる。
「ロゼはまだアカデミアだから、帰ってくるのは夕方だねぇ。ロナーは――」
そこで。
店の奥から、また槌の音が響いた。
カァン――!
「おぉ……!」
俺は思わず立ち上がる。
「すげぇ音!」
「アルト」
「分かってる! 入らない!」
「ならいい」
ガオンに釘を刺され、もう一度座る。
けれど気になって仕方がない。
この奥に。
ログが育った鍛冶場がある。
《砕》も見てもらえる。
それに、まだ会っていないログの父親と兄。
夕方になれば妹も帰ってくるらしい。
「…………へへっ」
「なんだ、またニヤニヤして」
「いや」
俺は膨らんだ鞄を足元へ置き直した。
「友達ん家って、面白いな」
「……まだ来たばっかだろ」
「だからだよ!」
ガオンは少しだけ呆れた顔をして。
それから、俺と同じように店の奥へ目を向けた。




