友達の家
◇
「えーと、着替えと……歯ブラシと、枕もあった方がいいかな。タオルもか!」
ベッドの上に広げた鞄へ、思いついたものを次々と詰め込んでいく。
数泊するなら着替えはこれくらい。
歯ブラシも必要。
タオルも何枚かあった方がいい。
枕は……。
「…………」
自分の枕を持ち上げる。
結構でかい。
「……まぁ、入るか!」
押し込んだ。
鞄が一気に膨らんだけど、閉まれば問題ない。
それにしても。
「友達ん家かぁ……」
改めて口にすると、なんだか変な感じがする。
友達の家に遊びに行くなんて初めてだ。
それに、今回は遊びに行くだけじゃない。
泊まり。
ログの家で飯を食って。
寝て。
次の日も一緒にいて。
鍛冶屋だって見せてもらえる。
「へへっ……」
自然と口元が緩んだ。
さっきまで休暇なんて何をすればいいんだと思っていたのに、今は三日後のスパーナまで予定が埋まり始めている。
「よし! こんなもんか!」
膨らんだ鞄を持ち上げる。
重い。
でも持てる。
「あとは《砕》だな!」
忘れたらログに何を言われるか分からない。
《砕》を手に取り、鞄と一緒に担ぐ。
「よし!」
三十分後に待ち合わせ。
少し早いけど、もう向かってしまおう。
部屋を出て扉を閉める。
そのまま廊下を歩き、角を曲がろうとしたところで――。
「お?」
「ん?」
向こうから歩いてきた男と鉢合わせた。
「ガオン」
「アルト?」
ガオンが俺を見る。
正確には。
俺が背負っている、やたら膨らんだ鞄を見ていた。
「……でかい荷物持って何してんだ、お前」
「休暇出ただろ。だから――」
そこまで言って。
「……ん?」
ガオンの顔を見ながら、ふと思い出す。
「そういえばガオンって、さっきいなかったよな?」
「さっきって何の話だ」
「アーヴェル隊長の呼び出し。ユノがしばらくアーヴェル隊に所属するのと、十日の休暇をもらうって話」
「あぁ。二つとも聞いた」
「聞いたの?」
「ああ」
「じゃあ、なんでガオンいなかったの?」
「この間のルミナスの件でな。今後の連携や資材の流通経路について話してたんだ」
「へぇ」
「ルミナスはまだ立て直さなきゃならないことが山ほどある。ガイストとの話も進めなきゃならんしな。王子として出来ることはやらんと」
「…………」
思わず、ガオンの顔をじっと見る。
「なんだよ」
「いや」
ルミナスで散々暴れて。
親父と殴り合って。
ラバタとも殴り合って。
最後には国を飛び出して俺たちについてきた男と同じ奴とは思えない。
「ちゃんと王子してんだな」
「何だそれ」
ガオンが眉を寄せる。
「俺は最初から王子だ!」
「知ってるよ」
「ならその反応やめろ!」
「へへっ」
「ったく……」
ガオンが呆れながら、もう一度俺の荷物を見る。
「で? お前は何してるんだ」
「ログの家に泊まりに行くんだ!」
「ログの?」
「おう! 実家が鍛冶屋なんだって!」
「ああ、それは聞いたことがあるな」
「ガオンも来るか?」
「は?」
「あと三日後にスパーナの王国祭にも行くぞ!」
「お前、話が急すぎるだろ」
「来ないの?」
「はっ! 言ったろ? 俺は王子としてやることがある。お前らみたいに遊んでいる暇は――」
ガオンの言葉が止まった。
「…………」
「ん?」
「……待て」
「何?」
「今、どこに泊まりに行くって言った?」
「ログの家」
「…………」
「鍛冶屋!」
「それは聞いた」
何故かガオンの顔が少し真剣になる。
「ログの実家……」
「うん」
「鍛冶屋……」
「うん」
「…………」
「ガオン?」
「何時に出る」
「もう待ち合わせだけど」
「行くぞ」
「王子の仕事は?」
「今日は終わった!」
「遊んでる暇ないんじゃなかったの?」
「うるさい! さっさと行くぞ!」
「お、おう」
よく分からないけど。
ガオンも来るらしい。
◇
「お待たせ!」
待ち合わせ場所が見えるなり、大きく手を振る。
先に来ていたログがこちらを振り向いた。
「おう。思ったより早かっ――」
「ガオンも連れてきた!」
「来たぞ!」
「…………」
ログが俺を見る。
次にガオンを見る。
もう一度、俺を見る。
「急だな!」
「ダメ?」
「いや、まぁ、いいけどよ!」
ログは頭を掻きながら立ち上がった。
「部屋ならあるし、一人増えたくらいなら問題ないだろ。じゃあ行くか!」
「待て!」
今度はガオンが二人を止めた。
「なんだ?」
「世話になるなら手土産の一つでもご家族にだな……」
「いいって! そういうのは!」
「しかし、急に泊めてもらうんだぞ? 何も持たずに行くというのは――」
「いいから!」
「だがな!」
「うちの親はそんなの気にしねぇよ! 早く行くぞ!」
「いくぞー!」
「お前は少し気にしろ!」
ガオンに怒られた。
なんでだ。
ログがいいって言ってるのに。
三人で歩き出してしばらくすると、ログがふと思い出したようにガオンを見る。
「そーいやガオンは何でさっきいなかったんだ?」
「…………」
「ん?」
ガオンが立ち止まった。
「お前ら……俺を忘れすぎじゃないか?」
「俺は思い出したぞ?」
「それは忘れてた奴の言い方だろ!」
「アルトに言われるまで俺も気づかなかったな」
「お前もか!」
「でも今いるからいいじゃん」
「そういう問題か⁉︎」
ガオンの声を背中に受けながら、俺とログはそのまま歩いていった。
「待て! 置いてくな!」
◇
ジーアスの街へ入ってから、少し歩いた頃だった。
「おぉ……」
さっきから、あちこちから金属を叩く音が聞こえてくる。
カァン。
カァン。
少し離れた場所から、また別の槌の音。
通りには金物を扱う店がいくつも並び、店先には包丁や鍋、工具、農具まで様々な品が置かれている。
「鍛冶屋って、こんなにいっぱいあるんだな」
「ジーアスは多いぞ」
先を歩くログが答える。
「武器だけ作ってるわけじゃねぇからな。包丁も鍋も、農具も建物に使う金具も必要だろ?」
「へぇー」
「うちも武器だけじゃねぇよ。むしろ普段は生活用品の方が多い」
「ログも鍋作れる?」
「なんで鍋なんだよ」
「作れる?」
「まぁ、一応」
「すげー!」
「そこまで驚くことか?」
「だってログが鍋作れるんだぞ!」
「俺を何だと思ってるんだ」
「ログ」
「そうじゃねぇよ」
横で聞いていたガオンが吹き出す。
「ふっ……お前ら、普段からこんな会話してんのか?」
「だいたいアルトが変なこと言って、俺が突っ込んでる」
「変なこと言ってないだろ!」
「今も言っただろ」
「どこが⁉︎」
「全部だ」
「ひどい!」
そんなことを話しながら、さらに通りを進んでいく。
やがてログが、一軒の店の前で足を止めた。
「着いたぞ」
「ここ?」
「ああ」
俺は店を見上げる。
大きな建物ではない。
けれど店先には大小様々な金物が綺麗に並べられ、その奥からは微かに熱気が漂ってくる。
建物の横には工房らしき場所も続いていた。
そして入口の上。
使い込まれた看板に、大きな文字が刻まれている。
「…………」
読めない。
「……なんて読むんだ?」
隣にいたガオンが看板を見上げる。
「『フォージ・オブ・スミスマン』か?」
「そう!」
ログが少し嬉しそうに答えた。
「スミスマンの鍛冶場って意味らしい」
「すげー! かっこいい!」
「だろ?」
「なんで『らしい』なんだ?」
ガオンが聞く。
「俺が付けた名前じゃねぇからな。昔からこれなんだよ」
「へぇー」
もう一度、看板を見上げる。
フォージ・オブ・スミスマン。
「……かっこいい」
「二回言ったな」
「だってかっこいいもん」
ログが少しだけ得意そうに鼻を鳴らし、店の扉へ手をかける。
「帰ったぞー」
カラン、と扉についた小さな鐘が鳴った。
「…………」
店内へ入る。
鉄と油、それに炭の匂い。
壁には包丁や工具が並び、棚には鍋や金具が綺麗に収められている。
その店頭。
一脚の椅子に腰掛け、何かの帳面を眺めていた茶髪の中年女性が、ゆっくりと顔を上げた。
「…………」
ログを見る。
目を丸くする。
それから。
俺とガオンを見る。
もう一度ログを見る。
「…………ログ?」
「おう。ただいま」
「…………」
女性の手から。
帳面が、ぱたんと閉じた。




