家族に会いに
食事を終える頃には、テーブルの上に並んでいた料理も綺麗になくなっていた。
「ごちそうさまでした」
ユノ君が手を合わせると、そのまま自分の食器を重ね始める。
「あ、洗い物なら僕やりますよ」
「いいよ」
「でも、ご馳走になりましたし」
立ち上がろうとするユノ君から、僕は食器を取り上げた。
「ユノ君。もう帰っていいよ」
「…………」
ユノ君が目を瞬く。
「急に冷たくないですか?」
「違うって。もう遅いから」
今日は墓参りに来ただけだったはずなのに、子供たちの買い物に付き合って、そのまま夕食まで付き合わせてしまった。
「今日は子供たちの相手もしてもらったし、十分だよ」
「でも――」
「ユノにー、かえるの?」
ラズが椅子から降りて、ユノ君の服の裾を掴んだ。
ユノ君はしゃがんで、その顔を見る。
「はい。そろそろ帰ります」
「またくる?」
「もちろん」
「ほんと⁉︎」
「はい。また遊びましょうね」
「やった!」
ラズが嬉しそうに笑う。その隣では、リズも小さく手を振っていた。
「ユノさん、今日はありがとうございました」
サーヤが頭を下げる。
「いえ。僕も楽しかったです」
「次はパチパチ飴持ってこいよ!」
ニカが横から口を挟む。
「ニカ!」
すぐにサーヤに怒られた。
「はは。覚えておきます」
ユノ君が笑うと、今度はルナさんが声をかける。
「ユノさん」
「はい?」
「いつでもいらしてくださいね。ヒルトのお友達なら大歓迎です」
「後輩なんだけどなぁ……」
僕が呟くと、ルナさんは当然のように首を傾げた。
「どちらでもいいじゃないですか」
「またそれ?」
「ふふっ」
ユノ君まで笑っている。
「では、お言葉に甘えて。今日は帰りますね」
「うん」
そのまま玄関まで見送る。
「ユノ君」
「はい?」
「今日はありがとね」
「僕、ほとんど何もしてませんよ」
「そんなことないよ」
少なくとも。
今日の食卓は、いつもより賑やかだった。
「じゃあ、三日後」
「はい。スパーナ、楽しみですね」
「寝坊しないでよ」
「それ、フィリアさんに言った方がいいんじゃないですか?」
「……確かに」
「ヒルトさんも人のこと言えませんけどね」
「僕は大丈夫だよ」
「どうでしょう」
ユノ君は少し楽しそうに笑うと、軽く手を振った。
「それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみ」
その背中を見送って、扉を閉める。
「ヒルト兄ちゃん!」
後ろからニカに呼ばれた。
「ん?」
「洗い物!」
振り返れば、テーブルには山積みの食器。
「……分かってるよ」
「ユノにー帰しちゃったぞ!」
「洗わせるために連れてきたんじゃないからね?」
「俺もやる!」
「じゃあニカは拭く方ね」
「おう!」
「ヒルト。私も手伝いますよ」
ルナさんが袖を捲る。
「…………」
「ヒルト?」
「ルナさんは座ってて」
「何故です?」
「お願い」
「洗い物くらいできます!」
「お願い」
今日一番、真剣に頼んだ。
◇
――少し、時間を遡る。
アーヴェル隊長から休暇を告げられ、皆と別れた後。
私はフィリアと並んで街を歩いていた。
「十日かぁ……」
フィリアが両腕を上げ、大きく伸びをする。
「こんなに休むの、久しぶり」
「そうですね。私もです」
「三日後にはスパーナでしょ?」
「はい」
「じゃあ、それまでレテはどうするの?」
「私は、一度家に帰ろうと思っています」
「あ、私も!」
フィリアがぱっと笑った。
「ずっと帰ってこいって言われてたんだよね。お父さんもお母さんも、たまには顔見せろってうるさくてさ」
「ふふっ。心配されてるんですよ」
「分かってるけどさぁ。帰ったら帰ったで、お母さんは絶対いっぱいご飯作るし、お父さんは仕事のことばっかり聞いてくるし」
そう言いながら。
フィリアは嬉しそうだった。
「なんだかんだ、帰るの楽しみなんじゃないですか?」
「……まぁ、ちょっとはね」
「素直じゃないですね」
「うるさい!」
「ふふっ」
「レテ!」
フィリアが頬を膨らませる。
でも、すぐに二人で笑った。
「そういうレテは?」
「私ですか?」
「実家、帰るんでしょ?」
「はい」
「お父さんとお母さん、喜ぶんじゃ――」
そこまで言って。
フィリアの声が止まった。
「あ……ごめん」
「いえ。大丈夫ですよ」
私は小さく首を振る。
「私、両親はいないので」
「…………」
「小さい頃から、おばあちゃんに育ててもらったんです」
「そっか……」
「はい」
両親の代わりに。
ずっと私を育ててくれた人。
叱ってくれた。
褒めてくれた。
精霊術師になると言った時も、最後には背中を押してくれた。
「じゃあ、おばあちゃんに会いに行くんだ?」
「はい。そのつもりです」
「きっと喜ぶよ」
「…………」
私は少しだけ迷ってから、口を開いた。
「最近……物忘れがかなり酷くなっているんです」
「え……」
「お医者様からは、年齢によるものだろうって言われているんですけど……」
言葉が少しだけ詰まる。
「私のことも、ちゃんと分からないことが増えてきて」
フィリアの表情が曇った。
「レテ……」
「大丈夫ですよ」
「でも……」
「本当に、大丈夫です」
そう答えて、前を向く。
名前を呼んでも。
顔を見せても。
知らない人を見るような目をされることがある。
私が誰なのか分からなくなって。
昔の誰かと間違えられることもある。
「……寂しくないって言ったら、嘘になりますけど」
「…………」
「でも」
私は、おばあちゃんを覚えている。
私を育ててくれたことも。
優しくしてくれたことも。
怒られたことも。
全部。
「おばあちゃんが私を分からなくなっても、私はおばあちゃんのことを覚えていますから」
フィリアは何も言わなかった。
ただ、隣を歩いてくれる。
しばらくして。
「じゃあさ」
「はい?」
「いっぱい顔見せてきなよ」
フィリアが前を向いたまま言った。
「三日後にはスパーナに行くんだし。それまでは、ゆっくりおばあちゃんと過ごしてきな」
「……ふふっ」
「何?」
「いえ。なんだか、フィリアらしいなと思って」
「どういう意味?」
「そのままの意味ですよ」
「なんか引っかかるんだけど」
「気のせいです」
フィリアがじっとこちらを見る。
私は笑って誤魔化した。
「フィリアも、たくさん甘えてきたらどうですか?」
「はぁ⁉︎ なんで私が!」
「ご両親、喜ぶと思いますよ?」
「もうそんな歳じゃないし!」
「そうでしょうか?」
「レテ!」
「ふふふ」
三日後には。
またみんなで集まって、スパーナへ向かう。
それまでの三日間。
できるだけ、おばあちゃんのそばにいよう。
たとえ。
私のことを、分かってもらえなくても。




