踏み固めて
「あぁ。私なんかで良ければ」
「ありがとうございます……」
僕はもう一度、五つの墓へ目を向けた。
「みんな……僕にとっては、兄であり、姉であり……母であるような存在でした」
「…………」
「僕が部隊の中で一番年下だったから、みんなよく面倒を見てくれて」
思い出す。
くだらないことで笑って。
失敗すればからかわれて。
それでも最後には、必ず誰かが助けてくれた。
「僕は術も、攻撃が得意なわけじゃありません。だから、いつも後ろからみんなを支援してました」
それでいいと思っていた。
僕にできることをすればいい。
そう思っていた。
でも。
「みんなが死んだ時……僕は、違う任務をしていて」
声が震える。
「もし……もし僕があの場にいたら、誰か一人でも生き残れたのかなって」
「…………」
「僕がもっと強ければ……あの時、みんなと一緒に戦えたのかなって!」
握った拳に力が入る。
「……強くなりたい」
口にした途端。
ずっと胸の奥に押し込んでいたものまで、一緒に溢れそうになった。
「…………すみません」
「いや、大丈夫だよ」
エルネさんは変わらず、穏やかな声で答えた。
そして。
「……君は、みんなと一緒に戦って死にたかった?」
「…………」
思いもしなかった問いだった。
「……いえ」
「そうだよね」
エルネさんは静かに墓石へ目を向ける。
「なら、君はきっと――生きるべくして生き残ったんだと思うよ」
「……生きるべくして?」
「あぁ」
風に揺れた花を、エルネさんがそっと直す。
「生きているから、悲しむことができる」
「…………」
「生きているから、悔いることもできる」
そして。
「生きているから――果たすべき何かが、君を強くする」
「果たすべき……何か」
「それが何なのかは、私には分からないけどね」
エルネさんは小さく笑った。
果たすべき何か。
それが何なのか。
僕にも、まだ分からない。
でも。
不思議と、この人の言葉はすっと胸の中に入ってきた。
「……悲しみも、後悔も」
墓石を見つめる。
「乗り越えなきゃダメですね」
「うーん」
「……?」
「その必要もないと思うよ?」
意外な答えだった。
「乗り越えなくて……いいんですか?」
「無理にね」
エルネさんが地面を指差す。
「悲しみも、後悔も、捨てなくていい。君の中に積み上げて、踏み固めればいいんだ」
「踏み固める……」
「あぁ。言い方は悪いけどね」
眼鏡の奥の瞳が、僅かに細くなる。
「悲しみも。後悔も。怒りも。喜びも」
その声は穏やかなまま。
なのに。
何故だろう。
その言葉だけは、まるで幾つもの戦場を歩いてきた人のように聞こえた。
「戦いの中では、全部が一つの経験になる」
「…………」
「いいかい?」
エルネさんが僕を見る。
「それらを全部、踏み固めなさい」
足元に。
一歩ずつ。
「そして――今まで越えられなかった壁の上を、いつか歩いていけるくらい強くなればいい」
「…………」
「悲しんだことも、悔いたことも、無かったことにする必要なんてないんだよ」
そう言って。
エルネさんは、いつもの柔らかな笑顔に戻った。
「……ちょっと喋りすぎたかな」
「いえ……」
「色々言ったけどさ」
エルネさんが立ち上がる。
「要は、無理して振る舞う必要はないってことさ」
「…………」
「君、周りを気にして表情を変えないタイプでしょ?」
「え?」
「そういう笑顔の仕方だよ」
「…………」
「あはは……」
思わず笑う。
すると。
「ほら!」
エルネさんが指を差してきた。
「図星でしょー!」
「……参ったなぁ」
「ははは!」
さっきまでの空気が嘘みたいに、エルネさんが楽しそうに笑った。
「さてと。私はもう行くよ」
「あっ」
立ち去ろうとする背中に、慌てて声をかける。
「ありがとうございました!」
「いやいや。こちらこそ、話し相手になってくれてありがとう」
「あ、そういえば……」
名前すら知らなかった。
「僕、ユノです。ユノ・フェルメル」
「ユノ君か」
男は振り返る。
「エルネ」
柔らかく笑って。
「よろしく、ユノ君」
「はい。エルネさん、ありがとうございました」
僕は五つの墓を見る。
「僕は、もう少しここにいます」
「あぁ。ゆっくりしていくといい」
エルネさんは軽く手を振ると、墓地を後にした。
「…………」
その背中が見えなくなるまで見送って。
僕はもう一度、みんなの墓へ向き直る。
「……踏み固めていく、か」
乗り越えるんじゃない。
忘れるんでもない。
全部。
僕の中に残したまま。
「……難しそうだなぁ」
でも。
少しくらいは、できる気がした。
◇
教会を離れたエルネは、一人、街へ続く道を歩いていた。
「ユノ君か……」
先ほどの青年を思い出す。
「いい子だったな」
あれだけのものを抱えながら。
それでも誰かのために強くなろうとしている。
「…………」
エルネは小さく笑った。
「……アルト君の友達だったら、いいな」
その呟きを聞く者はいない。
エルネはそのまま。
ガイストの街へと歩いていった。




