全員で家族
「……獣の森にいたんだ」
「…………」
ルナさんの薄紫の瞳が揺れた。
「あの子は……まだ……そこに……」
震える唇から、途切れ途切れに言葉が零れる。
そして。
「人喰らいに……?」
「……うん」
「あぁ……」
力が抜けたように、ルナさんの身体が崩れた。
「ルナさん!」
慌てて身体を支え、近くの椅子へ座らせる。
ルナさんは俯いたまま、膝の上で両手を強く握っていた。
「…………」
「でも」
僕は、その前にしゃがみ込む。
「まだ中に、兄さんはいた」
「……⁉︎」
ルナさんが顔を上げた。
「ちゃんと話せたわけじゃない。僕のことも……どこまで分かってたのかは分からない」
それでも。
最後に見えた、兄さんの口元。
「最後に僕に、こう言った気がしたんだ」
「…………」
「……『すまん』って」
ルナさんの目が見開かれる。
しばらく何も言わず。
やがて、ゆっくりと目を伏せた。
「……リヒトの氷の霊素が暴走して、季節を奪いました」
「……うん」
「それだけではありません」
膝の上で、ルナさんの手が強く握られる。
「サーヤには……辛い思いをさせました」
「…………」
「サーヤは強い子です。へっちゃらだと、ずっと言っていました。でも……当時は、まだ十一歳でした」
「……うん」
「きっと、怖かったでしょう。嫌な思いもしたでしょう。それでもあの子は、何でもないように笑っていました」
今のサーヤの笑顔が浮かぶ。
もう十六歳になった。
僕たちがいない間も、ここで年下の子たちの面倒を見て。
いつの間にか、あんなにしっかりしたお姉さんになっていた。
「ニカだって……まだ七歳でした」
「……ニカも?」
「ええ」
ルナさんが小さく頷く。
「あの子は、リヒトによく懐いていましたから」
「…………」
「何度も私に聞いたんですよ」
少しだけ。
ルナさんが寂しそうに笑った。
「『リヒト兄ちゃんは悪い奴になったのか』って」
「……ニカが?」
「ええ。今のあの子に言ったら、顔を真っ赤にして怒るでしょうけど」
「……想像できないな」
「ふふ。昔は今よりずっと素直だったんですよ」
「今より、かぁ……」
「ずっと、です」
そこは強く言い切るんだ。
でも。
僕は笑えなかった。
サーヤも。
ニカも。
あの日のことを覚えている。
兄さんがいなくなった、あの日を。
「……ヒルト」
「うん」
「会わせなさい」
顔を上げる。
ルナさんは真っ直ぐに僕を見ていた。
「リヒトに」
「……うん」
「連れて帰ってきて……この国に謝らせなさい」
「…………」
「サーヤにも。ニカにも。自分の口で、ちゃんと謝らせなさい」
「……うん」
その声は厳しかった。
でも。
「それから――」
ルナさんの顔が、くしゃりと歪んだ。
「……生きててよかったって、私にも言わせてください」
「…………」
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
「……うん」
声が震えた。
「うん……!」
兄さんは生きている。
あの森のどこかで。
今も。
「必ず」
拳を握る。
「必ず、僕が連れ帰る」
「…………」
ルナさんは僕を見つめて。
それから、昔と変わらないように。
そっと僕の頭へ手を置いた。
「……無理はしないでね」
「うん」
「あなたまで帰ってこなくなったら、意味がないんですから」
優しく髪を撫でられる。
「ヒルトもいて」
その手が、僅かに震えていた。
「リヒトもいて」
「…………」
「みんながいて。全員で家族なんだから」
目の奥が熱くなる。
それでも僕は笑って。
「……うん!」
強く頷いた。




