絶対に間に合わせる④
「……カイル。」
その名には、敵へ向けるものとは違う重さがあった。
「知り合いなのか?」
アルトが問いかける。
「同期だ。」
アーヴェルは森の奥を見据えたまま答えた。
「俺と同じ年に軍へ入り、国境部隊の隊長まで上り詰めた男だ。」
「じゃあ、仲間だったのか?」
「かつてはな。」
短く言い切る。
それ以上を尋ねる間もなく、上空から甲高い駆動音が響いた。
鳥型魔具が翼を広げる。
腹部の射出口が、治療中のレテへ向けられた。
「オーズィラ!」
アーヴェルが《不落》を振り上げる。
「《鉄壁》!」
黒鉄色の板が地面からせり上がり、レテとフィリアの前を塞いだ。
直後、無数の金属針が鉄板へ叩きつけられる。
激しい火花が弾けた。
だが、その一枚を回り込むように、小型蜘蛛が左右へ分かれた。
「そっちには行かせねえ!」
アルトが一体へ駆ける。
《砕》を低く振り抜き、前脚をまとめて払った。
蜘蛛型魔具の身体が傾く。
その胴体へ石突きを突き込み、力任せに持ち上げた。
「どけ!」
投げ飛ばされた魔具が、もう一体へ激突する。
二体が絡まり、街道を転がった。
「スミスマン!」
「了解です!」
ログが《崩槌》を振りかぶる。
精霊術の補助はない。
それでも、鍛え抜かれた身体から放たれた一撃は、二体の装甲をまとめて押し潰した。
赤い光が消える。
残るのは、上空の鳥型魔具だけだった。
鳥型魔具は旋回しながら高度を上げる。
「逃げる気か?」
アルトが空を睨んだ。
「いや。」
アーヴェルの表情が険しくなる。
「自壊するつもりだ。」
鳥型魔具の胴体が赤く明滅する。
内部から、異様に甲高い音が鳴り始めた。
「爆発するぞ!」
ログがレテたちの前へ立つ。
アーヴェルは《不落》の柄を両手で握り、深く腰を落とした。
「全員、伏せろ。」
鳥型魔具が翼を畳む。
真っ逆さまに、護衛隊へ突っ込んできた。
「固有術――《不退》」
《不落》が街道へ突き立てられる。
黒鉄色の光が広がり、巨大な甲羅のように一行を覆った。
直後。
鳥型魔具が防壁へ激突する。
白い閃光。
遅れて、耳を劈く爆発音が響いた。
炎と金属片が周囲へ飛び散り、街道全体が大きく揺れる。
アーヴェルの足元に、深い亀裂が走った。
「ぐっ……!」
両腕が震える。
それでも、《不落》を握る手は離さない。
爆風が収まるまで、アーヴェルは一歩も退かなかった。
やがて黒煙が風に流されていく。
黒鉄色の光が薄れ、周囲の景色が再び姿を現した。
護衛隊に大きな被害はない。
アーヴェルは《不落》を支えにしながら、荒く息を吐いた。
「隊長!」
ログが駆け寄ろうとする。
「来るな。」
アーヴェルが制した。
「アルトとの距離を保て。今はオーズィラの治療が最優先だ。」
「……了解です。」
アーヴェルはゆっくりと身体を起こした。
その背後で、レテの手元から溢れていた光が弱まっていく。
「レテ!」
離れた場所から、アルトが叫ぶ。
レテはフィリアの首筋へ指を当てた。
呼吸を確かめる。
脈を数える。
長い沈黙。
アルトは《砕》を握ったまま、息をすることさえ忘れていた。
やがて、レテが小さく息を吐く。
「……大丈夫です。」
「本当か?」
「出血は止まりました。脈も、少しずつ戻っています。」
アルトの膝から力が抜けた。
その場へ座り込み、大きく息を吐く。
「よかった……。」
「ですが、まだ意識は戻りません。」
「それでも、生きてるんだろ?」
「はい。」
レテが静かに頷く。
「生きています。」
アルトは俯き、血に濡れた手で顔を覆った。
「……よかった。」
何度も、同じ言葉を繰り返す。
アーヴェルは一度だけその様子を見たあと、森へ視線を戻した。
遠くから、風がぶつかり合う轟音が響いてくる。
「バルディアが向かったのか?」
アルトは顔を上げた。
「名前は知らねえ。」
「黒髪で、妙な瞳をした男だ。」
「ああ。」
アルトが不機嫌そうに眉を寄せる。
「あの、むかつく奴か。」
アーヴェルの眉間に皺が寄った。
「……何を言われた。」
「ヒルトは自分に任せろって。」
アルトは森を振り返る。
「俺はフィリアを連れて、止まらず走れって言われた。」
「そうか。」
アーヴェルは《不落》を握り直した。
「ならば、今はバルディアを信じる。」
その直後。
森の奥で、これまでで最も大きな風が爆ぜた。




