絶対に間に合わせる③
レテはフィリアを地面へ横たえ、その腹部へ両手をかざしていた。
血に染まった服を押さえる。
傷の深さを確かめた瞬間、その表情が険しくなった。
「深い……。」
水色の光が、レテの掌へ集まっていく。
「《治癒》」
温かな水が、フィリアの腹部を覆った。
光を帯びた水は傷口へ染み込み、裂けた肉を塞ぎ、流れ続ける血を止めようとする。
「フィリア!」
離れた場所から、アルトが叫んだ。
「聞こえてるか!」
返事はない。
レテの額には、すぐに汗が滲み始めた。
「寝るなよ!」
アルトの声が震える。
「ルトルトコンビって、また言うんだろ!」
水色の光が一度、大きく脈打った。
フィリアの指先が、ほんの僅かに動く。
「動きました!」
レテが声を上げる。
アルトの顔が歪んだ。
「フィリア!」
「そのまま声をかけてください!」
「分かった!」
アルトは拳を握り締める。
「ヒルトも待ってるぞ!」
その名を口にした瞬間、胸の奥が強く締めつけられた。
森へ残ったヒルト。
自分たちを逃がすため、一人であの男へ立ち向かった。
「絶対に戻ってくるからな!」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
その直後。
狼型魔具が低く身を沈め、レテたちへ向かって地面を蹴った。
「オーズィラへ近づけるな!」
アーヴェルが《不落》を横薙ぎに振るう。
「《鉄棘》!」
地面から何本もの黒鉄色の棘が突き出した。
狼型魔具の進路を塞ぎ、腹部と脚の隙間へ食い込む。
巨体が空中で姿勢を崩した。
「《鉄封》」
続けて地面から飛び出した鉄鎖が、その四肢へ巻きつく。
狼型魔具は強引に引き落とされ、街道へ叩きつけられた。
「スミスマン!」
「任せてください!」
ログが《崩槌》を担ぎ、拘束された狼型魔具へ駆ける。
精霊術が使えなくとも、魔器は振るえる。
全身を捻り、岩塊のような槌頭を頭部へ叩き込んだ。
鈍い轟音。
赤い硝子玉が砕け、狼型魔具の身体が沈黙する。
上空では、鳥型魔具が再び旋回を始めていた。
小型の蜘蛛型魔具も、レテとフィリアを囲むように進路を変える。
アルトは腰から《砕》を引き抜いた。
レテたちへ近づけば、精霊がまた逃げてしまう。
今の自分には、傍に立って守ることさえできない。
ならば。
離れた場所で、敵を止めるしかない。
アルトはレテたちから距離を保ったまま、迫る魔具の前へ立った。
「来いよ。」
鉄の杖を両手で握る。
蜘蛛型魔具が、鋭い脚を広げて突進してきた。
アルトは横へ踏み込み、振り下ろされた脚を《砕》で弾く。
体勢を崩した胴体へ、石突きを叩き込んだ。
黒い装甲が陥没し、魔具が横転する。
もう一体が、背後から跳びかかってきた。
「アルト、後ろだ!」
ログの声が飛ぶ。
アルトは振り返らない。
《砕》を背後へ突き出し、金属の胴体を受け止める。
腕へ重い衝撃が走った。
そのまま腰を落とし、魔具を背負うように持ち上げる。
「邪魔すんな!」
前方へ叩き落とした。
蜘蛛型魔具が街道へ激突し、脚を痙攣させる。
アルトは息を荒らしながら、レテの方角を見た。
治癒の光は、まだ消えていない。
「レテ!」
「出血が止まり始めています!」
アルトの胸へ、僅かな安堵が広がる。
「助かるのか?」
「まだ油断できません!」
「絶対に助けろよ!」
「分かっています!」
アーヴェルが《不落》を構えたまま、アルトへ声を向ける。
「エルナーはどうした。」
アルトが森を振り返った。
「残った。」
短く答える。
「俺たちを逃がすために、一人であいつを止めてた。」
「相手は?」
「風を使う男だ。」
血に濡れた手で、《砕》を握り直す。
「細い剣を持ってた。フィリアを刺したのも、そいつだ。」
一度、言葉を切った。
「……《颶風》って呼ばれてた。」
その瞬間。
アーヴェルの表情が変わった。
《不落》の柄を握る手へ、強く力が籠もる。
「まさか……。」
低く漏れた声は、魔具の駆動音にかき消された。
アルトが眉を寄せる。
「知ってんのか?」
アーヴェルはすぐには答えなかった。
視線だけを、森の奥へ向けている。
「……カイル。」
その声には、敵へ向けるものとは違う重さがあった。




