絶対に間に合わせる②
アルトは森を抜けた。
視界が一気に開ける。
だが、その先にあったのは、安堵できる光景ではなかった。
街道の中央を、黒鉄色の光が覆っている。
巨大な甲羅のような防壁。
その周囲を、狼や蜘蛛、鳥を模した魔具が取り囲み、絶え間なく攻撃を繰り返していた。
金属のぶつかる音。
地面を揺らす轟音。
砕けた石や土が、街道へ飛び散っている。
「レテ!」
アルトは腕の中のフィリアを抱き直し、そのまま街道へ向かって駆け出した。
声に気づいたレテが振り返る。
「アルトくん――」
次の瞬間。
レテの周囲を漂っていた水色の光が、大きく乱れた。
「え……?」
精霊たちはアルトから逃げるように、一斉に四方へ散っていく。
レテの傍らにいた水の精霊も。
ログへ力を貸していた土の精霊も。
街道や森に漂っていた小さな光の群れも。
怯えたように明滅しながら、次々と距離を取っていった。
ログが生み出していた土壁が、形を保てず崩れ落ちる。
「精霊が……?」
レテは戸惑いながら、自分の掌を見下ろした。
水色の光を呼び戻そうとする。
だが、精霊は集まらない。
その視線が、アルトの腕の中へ移った。
血に染まったフィリア。
青ざめた顔。
ほとんど動かない胸元。
「フィリア……!」
レテの表情が凍りつく。
アルトがさらに近づこうとするたび、精霊たちは遠ざかっていった。
レテは一瞬だけ息を呑む。
すぐに状況を察し、顔を上げた。
「アルトくん、そこで止まってください!」
「なんでだよ!」
「精霊が近づけません!」
アルトの足が止まる。
「……え?」
「そのままでは治癒が使えません!」
アルトは腕の中のフィリアを見下ろした。
「早く治してくれよ!」
「ですから、まず距離を取らないと――」
上空を旋回していた鳥型魔具が、アルトへ頭を向けた。
赤い硝子玉が激しく明滅する。
腹部が開き、無数の射出口が露出した。
「アルト、伏せろ!」
アーヴェルが《不落》を地面へ打ちつける。
「《鉄壁》」
《不落》の刀身から、黒鉄色の光が地面へ走った。
アルトの前方へ、分厚い鉄板が一斉にせり上がる。
直後。
鳥型魔具から放たれた金属針が、鉄壁へ殺到した。
甲高い音が連続し、激しい火花が弾ける。
アルトの接近によって周囲の精霊は逃げている。
それでも、霊器《不落》に宿る精霊との繋がりだけは切れていなかった。
「スミスマン! 道を作れ!」
「了解です!」
ログが《崩槌》を両手で握り、アルトへ迫っていた蜘蛛型魔具へ駆け出す。
精霊術は使えない。
それでも、その巨体から繰り出される一撃は重い。
岩塊のような槌頭が、蜘蛛型魔具の脚へ直撃した。
金属の脚が折れ、黒い胴体が街道を転がっていく。
「オーズィラ! リーベを受け取れ!」
「はい!」
レテが《水凪》を手にしたまま、アルトへ駆け寄る。
だが、距離が縮まるほど、精霊の光はさらに遠ざかっていった。
治療に必要な水の精霊も、レテへ近づくことを拒んでいる。
「そこで渡してください!」
レテがアルトの前で膝をつく。
アルトはフィリアを抱く腕へ、さらに力を込めた。
「……本当に治せるのか?」
「治します。」
「でも、こいつ……どんどん冷たくなってる。」
「分かっています。だから、早く。」
アルトの腕が震える。
ここまで運んできた。
絶対に離さないと決めていた。
それなのに、自分が傍にいる限り、フィリアを救うことができない。
「嫌だ……。」
「アルトくん。」
「俺が離れてる間に、死んだりしねえよな?」
レテは真っ直ぐアルトを見た。
「死なせません。」
迷いのない声だった。
アルトは歯を食いしばる。
ゆっくりと膝をつき、フィリアをレテの腕へ預けた。
「頼む……。」
「はい。」
レテがフィリアの身体を抱き留める。
「すぐに離れてください。精霊が戻れるところまで。」
アルトは立ち上がった。
だが、足が動かない。
フィリアから目を離すこともできなかった。
「アルト!」
アーヴェルの鋭い声が飛ぶ。
「お前が離れなければ、リーベを救えない!」
「分かってるよ!」
叫び返し、アルトは背を向けた。
一歩。
二歩。
フィリアから離れていく。
だが、精霊たちは戻らない。
「もっとです!」
「くそっ……!」
アルトは血に濡れた拳を握り、街道を走った。
十歩。
二十歩。
レテたちの姿が少しずつ遠ざかっていく。
ようやく、逃げていた光が一つ、また一つと戻り始めた。
水色の光が、レテの周囲へ集まっていく。
「そこで止まってください!」
アルトは足を止め、勢いよく振り返った。




