ヒルトの休暇②
「…………」
「…………」
ガタゴトと、馬車の車輪が音を立てる。
向かいに座るユノ君は、窓の外を眺めていた。
僕もなんとなく外を見る。
「…………」
「…………」
(……気まずい)
お互い、教会へ向かう理由を聞いた直後だ。
何か話した方がいいかな。
「あの――」
「あの――」
「…………」
「…………」
同時だった。
「ユノ君からどうぞ」
「いえ、ヒルトさんから」
「いや、僕は大したことじゃないから」
「僕も大したことじゃないですよ」
「…………」
「…………」
また沈黙。
(なんだこれ……)
思わず苦笑していると。
「ふふっ」
ユノ君も笑った。
「……何?」
「いえ。なんだか、おかしくなってきて」
「……奇遇だね。僕も」
二人で顔を見合わせ、今度は自然に笑う。
さっきまでの妙な空気が、少しだけ軽くなった。
「そういえば、ユノ君」
「はい?」
「アーヴェル隊に来ること、本当に何も聞いてなかったの?」
「何も。バルガス隊長からも聞いてませんでした」
「へぇ……」
「僕、何かやらかしたんですかね?」
「それだとアーヴェル隊に来るのが罰みたいじゃない?」
「……違うんですか?」
「違うよ」
即答する。
……いや。
「多分」
「そこは言い切ってくださいよ」
「ははは、ごめん」
話しているうちに、馬車はジーアスの中心部を抜けていった。
窓の外に並んでいた建物が少しずつ減り、代わりに緑が増えていく。
しばらくして。
遠くに、見慣れた尖塔が見えてきた。
「もうすぐ着くね」
「そうですね」
古い教会。
その隣には、一回り大きな建物が寄り添うように建っている。
僕が育った養護施設だ。
やがて馬車が停まり、僕たちは一緒に降りた。
ここからは歩いてすぐ。
教会へ続く道を並んで歩いていると、途中でユノ君が足を止めた。
「ヒルトさん」
「ん?」
「僕は先に、みんなのところへ行ってきます」
「……うん」
教会の奥にある墓地へ視線を向ける。
そこには。
ユノ君が会いに来た人たちが眠っている。
「じゃあ、また帰りに会うかもしれないね」
「そうですね」
ユノ君は柔らかく笑った。
「それでは、また」
「うん。またね」
墓地へ向かって歩いていく背中を、しばらく見送る。
「…………」
僕も行こう。
身体を施設の方へ向ける。
見慣れた建物。
見慣れた庭。
昔と、ほとんど変わっていない。
でも。
ここへ来る僕には、一つだけ大きな変化があった。
「……兄さん」
見つけた。
五年間。
ずっと探していた兄さんを。
連れて帰ることはできなかった。
またどこかへ行ってしまった。
それでも――。
『何回逃げたって……』
『何回、僕のこと忘れたって!』
『絶対に!』
『兄さんを連れて帰るから!』
「…………」
思い出した途端、顔が熱くなる。
「……結構恥ずかしいこと言ったな、僕」
あの時は必死だったから仕方ない。
……多分。
でも。
後悔はしていない。
兄さんは生きていた。
ちゃんと話せた。
それに最後――。
声は聞こえなかったけど。
確かに。
『すまん』
そう言ったように見えた。
「……ちゃんといるじゃん」
あの時と同じ言葉が、自然と口から零れた。
まだ。
僕の知っている兄さんは、ちゃんといる。
「……よし」
小さく息を吐く。
そして僕は、懐かしい施設の扉へ手を伸ばした。




