その光が残した物
「……救われた」
アルトは小さく呟いた。
自分がセブランを救った。
まだ、その言葉を素直に受け取ることはできなかった。
けれど。
そう言ってくれる人がいるのなら。
セブランが最後に取り戻したものに、自分が少しでも関われたのなら。
「……俺」
松葉杖を握る手に力を込める。
「恥ずかしくない人間になります」
「…………」
セヴェルが静かにアルトを見る。
「セブランさんが、神様のところで……こいつに負けたんだって。こいつに救われたんだって」
アルトは顔を上げた。
「胸張って言えるような人間に、なります」
「…………」
セヴェルの目が、僅かに細められる。
「えぇ」
穏やかな笑みを浮かべた。
「そのためには、まず早く怪我を治してくださいね」
「はい!」
「教えたリハビリも、しっかりやってください」
「……はい!」
ほんの一瞬だけ返事が遅れた。
「今、嫌そうな顔をしましたね?」
「してません!」
「アルトくん。ちゃんとやらないと駄目ですよ?」
横からレテまで加わる。
「やるって!」
「本当ですか?」
「本当だって!」
「よし!」
そんなやり取りを遮るように、バルガスが声を張った。
「全員乗り込んだな!」
馬車を見回し、最後にロイドへ目を向ける。
「ロイド。復興の指揮、頼んだぞ」
「ま、ちゃんとやりますよ」
ロイドは肩を竦め、それから笑った。
「任せてください」
「ダッハハハハ! 頼もしいな!」
バルガスが豪快に笑う。
「よし! 出せ!」
御者が手綱を握る。
馬車がゆっくりと動き出そうとした――その時だった。
「お兄たまぁー!」
「ん?」
聞き慣れた声に、ガオンが振り返る。
「ジル⁉︎」
王宮の方から、小さな影が全速力で駆けてきていた。
「わわわ……! ジル様、お待ちください!」
その後ろを、侍女のウェラが慌てて追いかけてくる。
「止めろ!」
馬車が再び止まった。
「お兄たま!」
「ジル!」
駆け寄ってきたジルが、ガオンを見上げる。
さっきまでの勢いはどこへやら。
その顔は、今にも泣き出しそうだった。
「お兄たま……また行っちゃうの……?」
「…………」
「ガイストに……行っちゃうの?」
「ジル……」
ガオンはしゃがみ込み、妹と目線を合わせる。
「あぁ」
「…………」
「だが!」
ガオンはにっと笑った。
「帰ってきた時には、俺はもっと強くて、かっこいい兄になって帰ってくる!」
「…………」
「だから……少し待っててくれるか?」
ジルは唇をきゅっと結ぶ。
寂しい。
行ってほしくない。
そんな気持ちを堪えるように俯いて。
「………うん」
小さく頷いた。
「ジルは良い子だな」
ガオンが優しく頭を撫でる。
「父上と姉上。それから、ルミナスの力になってくれ」
「うん!」
今度はしっかりと頷く。
「ジルもお姫様だもん!」
「あぁ。頼んだぞ」
「うん!」
ガオンはもう一度だけジルの頭を撫で、立ち上がった。
馬車へ乗り込む。
そして。
父を。
姉を。
妹を。
自分が生まれ育った国を見渡した。
「それでは、父上。姉上。ジル」
ふと、もう一人の顔が浮かぶ。
(そして、ここにはいないラバタ……)
きっと今頃。
復興作業に駆り出されて、文句でも言っているだろう。
ガオンは笑った。
「行ってきます!」
「うむ」
「しっかりやってこいよ!」
「お兄たま! いってらっしゃい!」
馬車が動き出す。
今度こそ。
ゆっくりと王宮から離れていく。
ルミナスの街を抜け。
ガイストへ向かって。
やがて、その姿が小さくなっていった。
「…………」
スカーはしばらく馬車を見送っていた。
「……行ったか」
隣に立つナーラも、遠ざかっていく馬車を見つめている。
「…………」
「ナーラ」
「ん?」
「お前も、そのうちガイストに行くか?」
「え⁉︎」
ナーラが勢いよく父を見る。
「な、なんで私が⁉︎」
「ガオンだけではない。お前にも、他国で学ぶことはあるだろう」
「そ、それは……」
「それに――」
スカーの口元が。
にやり。
と、吊り上がる。
「…………」
「な、なんです!」
ナーラの顔が赤くなる。
「別に! そんな、私がガイストなんて……!」
「俺はまだ何も言っておらんぞ?」
「う、うるさい!」
「お姉たま!」
そこへジルが元気よく割り込んだ。
「俺じゃなくて私!」
「……は?」
「お姉たま、女の子だから『俺』じゃなくて『私』!」
「今そこ⁉︎」
「それと!」
ジルが両手を上げる。
「お姉たまが行くなら、ジルもガイスト行く!」
「え」
スカーの顔から笑みが消えた。
「ジル?」
「ジルも行く!」
「嫌だ!」
「え?」
「父上寂しい!」
「…………」
ナーラが呆れた顔で父を見る。
「父上……」
「なんだ! ガオンもナーラもジルもいなくなったら、俺はどうすればいい!」
「知らねぇよ!」
「いいの!」
ジルは父の訴えをあっさり切り捨てると、笑いながら走り出した。
「お、おいジル!」
王宮前を駆け抜け。
遠ざかっていく馬車へ向かって、小さな両手を大きく振る。
「いってらっしゃーい!!!」
その声が。
ルミナスの空へ、高く響いた。
崩れた街には、まだ多くの傷が残っている。
失われたものもある。
取り戻せないものもある。
忘れてはいけない過去もある。
それでも。
人々は瓦礫を退かし。
傷ついた者は立ち上がり。
それぞれが、自分にできることを始めていた。
そして一台の馬車は。
新たな旅路へと進んでいく。
星詠みの国――ルミナス。
長く隠されていた過去と。
忘れ去られた十三番目の星。
その光が残したものを胸に。
アルトたちは、精霊国家ガイストへの帰路についた。




