ただ前へ
長い話が、ようやく終わった。
「つっかれたぁ……」
部屋を出た瞬間、俺は車椅子の背もたれに身体を預けた。
「アルトくん、ほとんど喋ってなかったじゃないですか」
隣を歩くレテが、呆れたように言う。
「喋ってなくても疲れるもんは疲れるんだよ」
「ずっと座っていただけですよね?」
「座ってるのも疲れるんだぞ?」
「私も座っていました」
「…………」
「…………」
「レテ、元気になったな」
「話を逸らさないでください」
ぴしゃりと返された。
後ろから、ガオンの笑う声が聞こえる。
「まぁ、元気になったならいいじゃねぇか」
「ガオンまで……」
レテが頬を膨らませる。
そんなレテを見ていると、少しだけ安心した。
目を覚ましたばかりの時より、ずっと元気そうだ。
「それよりアルト。お前、腕は?」
「ん?」
言われて、自分の右腕を見る。
動かそうと力を込めてみる。
指先が、ほんの少し震えた。
「……まだ駄目だな」
「痛むんですか?」
「いや。痛いっていうより……変な感じ」
腕はちゃんとある。
見れば分かる。
触れば分かる。
なのに、動かそうとすると上手くいかない。
「なんか……動かし方を忘れたみたいな感じ」
「……そうですか」
レテの顔が曇る。
「そんな顔すんなって。先生も時間が経てば大丈夫って言ってたし」
「してません」
「してるって」
「してません」
「して――」
「アルト」
後ろからガオンが口を挟んだ。
「レテを困らせんな」
「なんで俺が悪いんだよ!」
「お前が悪い」
「即答⁉︎」
「ふふっ」
レテが吹き出す。
「レテまで笑うなよ!」
「す、すみません……ふふふ」
全然すみませんって顔じゃない。
でも。
まぁ、いいか。
俺もつられて笑った。
そのまま廊下を進んでいく。
ふと、窓の外へ目を向けた。
「…………」
ルミナスの街が見える。
崩れた建物。
積み上がった瓦礫。
それを運ぶ人たち。
まだ元通りには程遠い。
それでも、みんな動いている。
少しずつ。
少しずつ。
街を元に戻そうとしている。
「……セブラン」
気づけば、名前が口から出ていた。
ガオンが車椅子を押す手を止める。
レテも立ち止まった。
「あのさ、」
窓の外を見ながら、口を開く。
「結局……あいつがやったことって、なんだったんだろうな」
「アルトくん……」
「間違ってたのは分かるよ」
たくさんの人を巻き込んだ。
ガオンたちだって殺そうとした。
俺だって戦った。
止めなきゃいけないと思ったから。
「だから……やっぱり駄目だったんだと思う」
でも。
それだけじゃない。
「あいつらを滅ぼしたのも、この国だったんだろ?」
誰も、すぐには答えなかった。
「だったら……全部あいつが悪かったって言うのも、なんか違う気がする」
「……あぁ」
答えたのはガオンだった。
「俺も、そう思う」
振り返る。
ガオンは俺じゃなく、窓の外を見ていた。
「だから父上は、隠さないことにしたんだと思う」
「隠さない?」
「セブランがやったことも。昔、この国がやったこともだ」
「…………」
「どっちかだけを悪者にして終わらせたら、また同じことになるかもしれねぇからな」
「……そっか」
もう一度、街を見る。
セブラン。
俺はあいつのことを、全部知ってるわけじゃない。
きっと、知らないことの方が多い。
でも。
あいつがいたことは知っている。
何を奪われたのかも。
何をしようとしたのかも。
そして――。
最後に、誰を守ったのかも。
「……忘れられないな」
「え?」
「セブランのこと」
俺は小さく息を吐いた。
「あいつのやったことは、やっぱり駄目だったと思う」
「……はい」
「でもさ」
人を助けたい。
セブランがずっと持っていた、その気持ちまで嘘だったとは思えない。
医者として人を救ってきたことも。
最後に、自分の命よりセヴェルを選んだことも。
きっと。
あいつにとっては、全部同じだったんだ。
「すごい奴だったと思う」
敵だった。
何度も騙された。
一度は、本当に死んだと思った。
それでも。
「……もっと話してみたかったな」
「セブランと、ですか?」
「うん」
戦うためじゃなく。
もっと違う形で出会えていたら。
あいつから教えてもらえることが、たくさんあった気がする。
「なんかさ。あいつが先生だったら、面白かったかも」
「セブランが、アルトくんの先生ですか?」
「うん。めちゃくちゃ厳しそうだけど」
「それは間違いないでしょうね」
「だろ?」
俺は少し笑った。
「……会い方、間違えたな」
「…………」
レテは何も言わなかった。
ガオンも。
ただ静かに、そこにいてくれた。
もう。
違う出会い方をすることはできない。
それでも。
セブランから受け取ったものまで、なくなるわけじゃない。
「…………」
そこで。
ふと。
俺はあることを思い出した。
「……あ」
「あっ!」
「どうしたんですか⁉︎」
「そういえば俺!」
勢いよくレテを見る。
「精霊術使えた!」
「え⁉︎」
レテの目が大きく見開かれた。
「本当ですか⁉︎」
「うん! セブランと戦った時! エーテルが力貸してくれたんだ!」
あの時は必死だったから、それどころじゃなかった。
でも。
俺は確かに、エーテルの力を使った。
「見ててよ!」
右腕はまだ動かない。
だから、動かせる左手を前へ突き出す。
あの時みたいに意識を集中させて。
「エーテル!」
「…………」
何も起きない。
「……ふん!」
もっと力を込める。
「…………」
「あれ?」
おかしい。
もう一回。
「エーテル?」
「…………」
返事はない。
手のひらも光らない。
何も感じない。
あの時は確かにあった。
俺の中へ流れ込んできた、あの温かな力。
なのに。
「…………」
腕を下ろす。
「……駄目だ……」
「……残念ですね……」
レテまで一緒になって肩を落とした。
「……まぁ、なんだ」
後ろから、ガオンの声がする。
「元気出せよ?」
「…………」
もう一度、自分の手を見る。
何もない。
エーテルの気配も。
あの力も。
感じられない。
「……はぁ」
息を吐く。
「まぁいいや」
「え?」
レテが目を瞬いた。
「もっとショックを受けると思いましたが……」
「うーん」
確かに、ちょっと残念だ。
せっかく精霊の力を使えたのに。
もう一回くらい使ってみたかった。
でも。
「きっと、また会えると思うからさ」
「そうか?」
「うん」
俺は頷く。
「今日できたことが、明日できないなんてことないだろ?」
ガオンが少し驚いたように俺を見る。
レテも何も言わない。
「だから」
前を見る。
廊下は、まだ先まで続いている。
「ただ前に進むよ」
「……あぁ」
ガオンが笑った。
「そうだな」
「ふふふ」
レテも柔らかく笑う。
「いいですね」
失ったものは、戻らない。
知ってしまった過去も。
犯してしまった過ちも。
なかったことにはできない。
それでも。
今日できたことがあるのなら。
明日は、もう一歩先へ行けるかもしれない。
人も。
国も。
そして――俺も。
忘れずに。
それでも前へ進んでいく。
いつかまた。
あの淡い光へ、手が届く日を信じて。




