それぞれの経緯④
ラバタの言葉を聞いても、タスマンは何も言わない。
ただ腕を組み、息子を見つめていた。
「……続けろ」
スカーが促す。
「親父と話をしようと思ってたガニ」
ラバタは俯いたまま、ゆっくりと言葉を続ける。
「カルキスのことを……もう一度ちゃんと話したかったガニ」
平和になったルミナスで、かつて王家の盾と呼ばれたカルキス族の役目は少しずつ減っていた。
護衛。
建築の監督。
建物の補強。
仕事がなくなったわけではない。
だが、それでも一族を離れていく者は増えていた。
「俺は……怖かったガニ。このままじゃカルキスがなくなるって」
「…………」
「親父とは何度も話したガニ。でも、親父はスカー様を信じろって……ずっとそればっかりだったガニ」
タスマンは何も返さない。
「それで、ガオンが帰ってきた日……もう一度親父と話そうと思って、会いに行ったガニ」
ラバタの拳に力が入る。
「そしたら――」
一度、言葉が途切れた。
「親父が……死んでたガニ」
ガオンがラバタを見る。
「倒れて……動かなくて……」
ラバタの声が僅かに震える。
「その近くに、顔を隠した奴がいたガニ」
「そいつがタスマンを殺したと思ったのか?」
スカーの問いに、ラバタが頷く。
「……そう思ったガニ」
「戦ったのか?」
「戦ったガニ」
ラバタは歯を食いしばった。
「でも……何もできなかったガニ」
「何も?」
「当てたはずだったガニ」
ラバタが自分の手を見る。
「槍で何度も攻撃した。確かに当たった。手応えだってあったガニ」
「…………」
「なのに……そいつは傷一つついてなかったガニ」
アルトの表情が変わる。
覚えがあった。
「逆も同じだったガニ。避けたはずなのに……気づいたら攻撃を喰らってた」
「……それ」
アルトが小さく呟く。
「俺もあった」
ラバタが顔を上げる。
「セブランさんと戦った時……避けたはずの攻撃に当たったり、当てたはずなのに当たってなかったりした」
「…………」
「たぶん、それも《癒憩》だ」
ラバタはしばらくアルトを見つめた後、再び視線を落とした。
「……結局、俺は負けたガニ」
「その後、何を言われた」
スカーが問う。
ラバタは唇を噛む。
「……一族を皆殺しにされたくなければ、俺に従えって」
「…………」
タスマンの眉が僅かに動いた。
「親父を殺した奴なら……できると思ったガニ。俺じゃ勝てなかった。逆らったら、本当にカルキスのみんなまで殺されるって……」
だから。
従った。
「それで命令されたガニ」
ラバタが顔を上げる。
「ガオン、ナーラ様、ジル様を……殺せって」
「…………」
ガオンは何も言わなかった。
あの時のラバタを知っている。
敵として立ちはだかりながら。
最後には槍を止めた、幼馴染を。
「でも……できなかったガニ」
ラバタの声が震える。
「ガオンと戦って……殺そうとして……」
拳がさらに強く握られる。
「無理だったガニ」
「…………」
「俺には……ガオンを殺せなかった」
ラバタが隣にいるガオンを見る。
「それで……助けてくれって言ったガニ」
「あぁ」
ガオンが短く返す。
「覚えてる」
「……ガオン」
「お前、俺に泣きついてきたからな」
「泣いてないガニ!」
「泣いてただろ」
「泣いてないガニ!」
「今そこ重要か?」
「重要ガニ!」
「……お前ら」
スカーの低い声に、二人が口を閉じた。
「話を戻せ」
「……ガニ」
ラバタが再び前を向く。
そして。
ゆっくりとタスマンを見る。
「でも……親父は生きてたガニ」
「うむ」
タスマンが短く答えた。
「俺は……間違いなく見たガニ」
ラバタは首を振る。
「死んでる親父を見た。触った。息だってしてなかったガニ」
「…………」
「なのに……生きてた」
その言葉に、アルトが目を伏せる。
死んだと認識させる。
それもまた。
アルト自身が味わった《癒憩》の一つだった。
「……親父」
「何だ」
「本当に……生きてるガニ?」
タスマンはしばらく息子を見つめる。
そして。
「阿呆が」
「ガニ⁉︎」
「先ほど我にぶつかって、お前の方が吹き飛んだであろう」
「…………」
「死人にできる芸当ではない」
「……それもそうガニ」
ラバタが僅かに笑う。
ほんの少しだけ。
張り詰めていた表情が緩んだ。
「しかし……」
それまで黙っていたタスマンが口を開く。
「我も死んだと思ったカニ」
「……え?」
ラバタが目を瞬く。
スカーも驚いたようにタスマンへ顔を向けた。
「お前がか?」
「カニ」
タスマンは重々しく頷く。
「あの時の我は、身体が全く動かなかったカニ。息もできず、声も出せぬ。ただ……死んだのだと、そう思っていたカニ」
「…………」
「そもそも、加護を使うことすらできなかったカニ」
「タスマンが……?」
スカーの表情が険しくなる。
カルキスの族長であるタスマンが、自らの加護すら使えなかった。
「……それ」
アルトが口を開いた。
「たぶん、星纏ってやつだと思う」
「星纏?」
「うん。セブランさんは《慰域》って言ってた」
皆の視線がアルトへ集まる。
「一定の範囲に《癒憩》を広げて……その中だと効果も強くなる。たぶん、そんな感じだったと思う」
「……星纏まで使っていたのか」
スカーが低く呟く。
「多分ですけど……」
アルトは少し考えてから続ける。
「あの時の範囲、ガイストとの国境辺りまで広がってたと思います」
「……何?」
「だからロイドさん達も、ルミナスで起きてる異変に気づけなかったんじゃないかって」
「…………」
広間がざわめいた。
王宮だけではない。
街だけでもない。
国境にまで届くほどの広大な範囲を、一人の星詠みが自らの力で覆っていた。
「なんてデタラメな能力だ……」
スカーが吐き捨てるように呟く。
「……それが」
静かな声が響いた。
セヴェルだった。
「セブラン兄……いや」
一度、言葉を切る。
「レピオス族の怨念なのかもしれません」
「セヴェル……」
スカーが彼を見る。
セヴェルは一歩前へ出ると、深く頭を下げた。
「スカー王」
「…………」
「父のセトと、義兄のセブランは死にました」
広間が静まり返る。
「その二人に代わり、私が罪を償います」
「…………」
「どのような処分でも受け入れます。ですから……」
セヴェルは頭を下げたまま、拳を強く握る。
「他のスコルネ族は、お許しください」
しばらく、スカーは何も答えなかった。
やがて。
「……セヴェル」
「はい」
「セトの手記には……何と書いてある?」




