それぞれの経緯③
「ネレス」
「はい」
ネレス・ピシエルが静かに顔を上げる。
「お前は何故、この騒動に加わった」
「……王命です」
「王命?」
「はい。少なくとも、私はそう認識しておりました」
スカーの眉が僅かに動く。
「俺が命じたと?」
「はい」
ネレスは頷いた。
「ガオン王子が反乱を企て、王宮へ攻め入ろうとしている。そして、そのための兵糧を狙っていると」
「俺が?」
ガオンが眉を寄せる。
「はい。ピシエル族には、食糧庫にある兵糧を全て処分するよう命が下りました」
「……待て」
スカーの表情が険しくなる。
「兵糧を守れではなく、捨てろと?」
「はい」
「…………」
「今考えれば、おかしな命令です。ですが……あの時の私は、何の疑問も抱きませんでした」
ネレスは静かに目を伏せた。
「ガオン王子に奪われるくらいなら、先に兵糧を全て捨てる。そして――」
一度、言葉を止める。
「食糧庫へ現れたガオン王子を殺せ。それがスカー様から下された王命だと認識していました」
「…………」
ガオンの表情が強張った。
「俺が……食糧庫を?」
「はい」
「俺はそんな場所、狙ってねぇぞ」
「……えぇ。今なら分かります」
ネレスは静かに頷く。
「ですが、あの時の私には、それが事実でした」
スカーが腕を組む。
「それで、食糧庫では何があった」
「……分かりません」
「分からない?」
「我々は食糧庫で待機していました。ガオン王子が現れる、その時を待っていたはずです」
ネレスは記憶を探るように目を細める。
「ですが、突然……一族の者たちが倒れ始めました」
「何者かに襲われたのか?」
「それすら分かりません」
ネレスは首を横に振った。
「一人、また一人と倒れていく。ですが、何が起きているのか分からない。襲っている者の姿すら、まともに捉えられませんでした」
そこでネレスの表情が僅かに強張る。
「そして、気がついた時には――」
脳裏に残る、最後の光景。
「激流のような槍が、目の前まで迫っていました」
「槍……?」
「はい」
「避ける間もありませんでした。それを最後に……私の記憶は途切れています」
「…………」
スカーが黙り込む。
「つまり、お前は誰に倒されたのかも分からないのか」
「はい」
「顔も見ていない?」
「……見ておりません」
「そうか」
スカーはそれ以上追及せず、アルトへ視線を向けた。
「アルト」
「うん」
「これも《癒憩》か?」
「たぶん」
アルトは小さく頷く。
「セブランさんの力は、本当じゃないことでも、本当だって認識させられるから。ネレスさんは『王様からの命令だ』って思わされてたんだと思う」
「……厄介な力だな」
スカーが小さく息を吐いた。
「ネレス」
「はい」
「お前に、俺や王家を裏切る意思はあったか?」
「ありません」
迷いのない即答だった。
「私は王命に従い……国を守っているつもりでした」
「……分かった」
スカーは短く頷く。
そして、その視線を隣へ移した。
「ラバタ」
「…………」
名を呼ばれたラバタは俯いたまま、鎖に繋がれた両手を見つめている。
「お前の話を聞こう」
「……ガニ」
いつもの明るさは、その声にはなかった。
「俺は……」
ラバタがゆっくりと顔を上げる。
「親父が……死んだと思ってたガニ」
「…………」
タスマンの表情が、僅かに動いた。
「俺は見たガニ」
ラバタは拳を握り締める。
「親父が死んでるところを……この目で、ちゃんと見たガニ」
広間が静まり返った。




