それぞれの経緯
◇◇◇
王宮周辺 市街区広間。
そこには既に、今回のクーデターに関わった者たちが集められていた。
ガルド、リアス、リシェル、ネレス・ピシエル、そしてラバタ。
全員の腕には力を封じる拘束具が嵌められ、そこから伸びた鎖で繋がれている。
少し離れた場所にはセヴェルの姿もあった。
拘束こそされていない。だが、セブランの計画に関わった者として、自らこの場に立っている。
「おぉ、来たかアルト。すまないな」
広間へ入ってきたアルトたちに、スカーが声をかけた。
「ガオン。そちらの女性は?」
「レテ・オーズィラ。ガイストの精霊術師です。リシェルと戦闘をしたため、連れてきました」
「なるほど」
スカーの視線がレテへ向く。
「ルミナスの騒動に巻き込んでしまったようだな。協力に感謝する」
「いえ。私も、何が起きていたのか知りたいです」
レテが小さく頭を下げる。
その時、横から視線を感じた。
「…………」
リシェルだった。
目が合った瞬間、その身体が僅かに強張る。
「……あなた」
「……」
レテにも、彼女と戦った記憶は残っている。
だが、その一部にはまだ靄がかかったような曖昧さがあった。
リシェルは何かを言おうとしたが、唇を噛み、そのまま俯いてしまう。
「話は後だ」
スカーの声が響き、広間の空気が引き締まった。
「まず確認しなければならんことがある。ここにいる者たちが、何故今回の騒動に加わったのか。何を見て、何を聞き、何を理由に行動したのか」
スカーは拘束された者たちを一人ずつ見渡し、最後にセヴェルへ目を向ける。
「全て聞いた上で、処分を決める」
最初にスカーが見たのはガルドだった。
「まずはガルド。何故、今回の騒動に加わった」
「……脅されたからです」
「脅された?」
「親父とお袋。それに、タウルスの仲間達……全員に毒を盛ったと、そう言われました」
ガルドの拳に力が入る。
「ナーラ様を連れてくれば解毒剤を渡す。従わなければ……いつ毒が命を奪うか分からない、と」
「それで俺を狙ったってわけか」
ナーラが口を挟む。
「……申し訳ありません」
「謝るのは後でいい。まず全部話せ」
「……はい」
スカーが続ける。
「お前を脅したのは誰だ」
「分かりません。俺に毒を見せたのは……知らない奴でした」
「セトではないのか?」
「違います」
ガルドは迷わず否定した。
「スコルネの毒だからといって、スコルネ族がやったとは限りません。それに……セト族長が、そんなやり方をするとは思えなかった」
その言葉に、セヴェルが僅かに目を伏せる。
「ですが……一族の命が懸かっていると言われて、無視することはできませんでした」
「……分かった」
スカーはそれ以上追及せず、次へ視線を移した。
「リシェル」
「……はい」
名前を呼ばれ、リシェルが顔を上げる。
「お前はどうだ」
「私は……ガオン王子がクーデターを起こそうとしていると思っていました」
「俺が?」
ガオンが眉を寄せる。
「はい」
リシェルは苦しそうに頷いた。
「黒い服を着た男から話を聞きました。ガオン王子が王位を奪うために反乱を起こした。ナーラ様を殺そうとしている……そう聞かされて」
「それを信じたのか?」
「……いえ」
リシェルは一度言葉を止めた。
「信じた、という感覚ではなかったんです」
スカーの目が細くなる。
「どういうことだ?」
「疑うという考えが……浮かびませんでした。あの男から話を聞いた時から、それが事実だと……最初から知っていたことのように感じていたんです」
「…………」
「その後、私はガオン王子を見つけました。ジル様と一緒にいるところを」
リシェルの指先が震える。
「ですが……私には、ガオン王子がジル様を殺そうとしているように見えた」
「俺が……ジルを?」
「はい」
ガオンが絶句する。
リシェルは俯いたまま続けた。
「だから止めなければと思いました。ナーラ様を殺そうとして、今度はジル様まで……そう思って」
そして、強く唇を噛む。
「ガオン王子は言っていたんです。『俺は国を裏切らない』と。それなのに私は……その言葉すら信じられなかった」
広間が静まり返る。
「全部……本当だと思っていました。ガオン王子が裏切ったことも、ナーラ様を殺そうとしていたことも……ジル様に危害を加えようとしていたことも」
「……それが《誤認》…いや、《癒憩》だと思う」
アルトが口を開いた。
全員の視線が車椅子の少年へ集まる。
「セブランの力は、ただ嘘を信じ込ませるだけじゃない」
アルトは包帯に覆われた腕を見下ろした。
「俺もやられたから分かる。見えてるものも、感じてることも……自分の中じゃ本当になるんだ」
死んでいないのに、自分は死んだと思った。
動くはずの腕が、動かないと思い込んだだけで動かなくなった。
セブランの《癒憩》。
彼自身が《誤認》と呼んでいた力。
「だからその人は、嘘だって分かっててガオンを襲ったわけじゃない。本当にそう見えてたんだと思う」
「…………」
リシェルは何も答えなかった。
ただ、自分の手を見つめる。
「でも……」
震える声が漏れた。
「それでも、私がしたことは……」
「リシェルさん」
レテが彼女の名を呼んだ。
「……!」
リシェルが顔を上げる。
「私と戦ったことは、覚えていますか?」
「……少しだけ」
リシェルは恐る恐るレテを見る。
「全部じゃない。ところどころ抜けています。でも……」
その視線が、レテの肩や腕に残る傷へ落ちた。
「その傷をつけたのが私だということは……分かります」
「…………」
「ごめんなさい」
リシェルが深く頭を下げた。
「何を見ていたとしても、何を信じていたとしても……あなたを傷つけたのは私です」
レテはしばらく彼女を見つめていた。
「……顔を上げてください」
リシェルがゆっくりと顔を上げる。
「私も、まだ全部は思い出せていません」
「え……」
「だから今すぐ、あの時のことを全て話すことはできません。でも……」
レテは真っ直ぐにリシェルを見る。
「あなたが私を傷つけたかったわけではないことは、分かります」
「…………」
リシェルの瞳が揺れる。
スカーは二人のやり取りを見届けると、静かに息を吐いた。
「……同じ騒動に加わった者でも、そこに至った経緯はまるで違うということか」
脅迫によって従わされた者。
自分の目で見たものさえ歪められた者。
そして、この場にはまだ証言していない者たちがいる。
スカーは次の者へ視線を移した。
「……続けよう」




