傷の痛みも忘れ
アルトはしばらく考え込んだ後、セブランから聞いた話を一つずつ思い出すように口を開いた。
「……三百年前、ルミナスには十三の星座があったって言ってました」
「十三?」
スカーの眉が動く。
「はい。今ある十二の星座とは別に、もう一つ……蛇遣い座のレピオス族がいたって」
アルトはセブランとの戦いの中で聞いた話を語った。
かつて蠍座のスコルネ族と蛇遣い座のレピオス族は、共にルミナスの医療を担っていたこと。
薬や毒を扱うスコルネ族に対し、レピオス族は人の身体そのものを診て、傷を縫い、骨を繋ぎ、時には悪くなった部分を切り取る医術を持っていたこと。
そして、当時の王が求めた不老不死を巡り、レピオス族だけが滅ぼされたこと。
「セブランさんは……不老不死なんて無理だって正直に言ったから、レピオスは消されたって言ってました」
「…………」
話を聞くほど、スカーの表情は険しくなっていった。
「……違う」
「え?」
「王家に伝わる歴史とは違う」
スカーは低い声で言った。
「俺が先代から教えられたものでは、蛇遣い座は不老不死の研究に手を出し、それを危険視した王家によって追放されたことになっている。少なくとも、一族そのものを滅ぼしたなどという話は伝わっていない」
「じゃあ……」
「あぁ。どちらかが間違っている。あるいは――」
スカーはそこで言葉を止めた。
「後から、歴史が書き換えられたかだ」
ガオンとセヴェルの表情も険しくなる。
「それだけじゃありません」
アルトが続ける。
「俺とセブランさんが戦った場所……継承の間って呼ばれてました」
「……継承の間?」
スカーが目を見開いた。
「お前たちがいた場所が、本当にそう呼ばれていたのか?」
「はい。壁にも色々書いてあって……」
「馬鹿な……」
「父上?」
ガオンが訝しげに見る。
「継承の間は、大昔に失われたはずの場所だ」
「失われた?」
「あぁ。王家に伝わる記録に名前だけは残っている。だが、遥か昔に失われ、今では場所すら分からないとされていた」
スカーは王宮の方角へ視線を向ける。
「まさか……王宮の地下に隠されていたとはな」
「そこ、星座のことだけじゃなかったです」
アルトの言葉に、スカーが振り返る。
「他にも色々書いてありました。古代文字だったから全部は読めなかったけど……精霊を宿す? 人たちの話とか」
「…………何?」
今度こそスカーの表情が変わった。
「お前……読めたのか?」
「なんとなくですが……」
「なんとなくで古代文字を?」
「全部じゃないですよ。分かんないところの方が多かったし……」
「…………」
スカーはアルトをじっと見つめた。
何かを言おうと口を開く。
だが、その直前だった。
「――おい! 待てって!」
救護所の入口付近から大きな声が聞こえてきた。
「……なんだ?」
ガオンたちがそちらへ目を向ける。
「あれは……親父の硬化ガニ!」
寝かされていたラバタが、王宮の方角を見ながら身体を起こしていた。
「やっぱり親父は生きてるガニ! 探しに行くガニ!」
「おー! あれは確かにタスマンのだ!」
別の場所から声を上げたのは、拘束具を付けられたままのリアスだった。
「俺も探しに行く! おい、これ外せ!」
「いいわけないでしょ!」
パイルが即座に却下する。
「君も大怪我してるんだから! 大人しく寝てなよ!」
「こんくらい平気だって!」
「平気な人はそんなボロボロじゃないから!」
「大丈夫だって言っ――」
ラバタが立ち上がろうとした、その時。
救護所の外から砂埃が舞い込んできた。
「……?」
誰もが入口へ目を向ける。
砂埃の向こう。
一人ではない。
十人でもない。
大勢の人々が、こちらへ向かって歩いてきていた。
負傷した者。
互いに肩を貸し合う者。
子供を抱えた者。
王宮に取り残されていた人々だった。
そして。
その先頭を歩いている男を見た瞬間。
ラバタの身体が固まった。
「…………」
赤い土埃を浴び、身体のあちこちを汚しながらも、その男はしっかりと自分の足で歩いている。
「救護所は……ここカニ……?」
タスマン・カルキス。
「…………あ」
ラバタの口が震える。
「あ、あ……」
「ラバタ?」
ガオンが声をかける。
だが、もうラバタの耳には届いていなかった。
「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁ!」
寝床から転がり落ちるように立ち上がる。
「親父ぃぃぃぃぃ!!」
傷の痛みも忘れ、ラバタはタスマンへ向かって駆け出した。




