おかえり
誰も答えられない。
だが。
次の瞬間。
ギィン――。
「……え?」
崩れ続けていた王宮が、不自然なほどぴたりと止まった。
崩れかけていた壁も。
今にも落ちそうだった瓦礫も。
その形のまま、完全に固定されている。
「止まった……?」
ユノが目を細めた。
「なんだ、ありゃ……」
ログも王宮を見つめる。
すると、壁際にいたリアスが僅かに身を乗り出した。
「……硬化だな」
「硬化?」
パイルが振り返る。
「あんな広範囲を固められる奴なんて、そうはいねぇよ」
リアスは止まった王宮を見つめ、口元を緩めた。
「カルキスのおっさん……生きてやがったか」
「…………」
その言葉に、治療を受けていたリシェルが目を見開いた。
「タスマンさんが……?」
その時。
「――おい! 誰か手ぇ貸してくれ!」
外から大きな声が響く。
「……この声」
ユノが立ち上がった。
「バルガス隊長!」
救護所へ続く道。
複数の人影がこちらへ向かってくる。
先頭にいたのはバルガスだった。
その背には、一人の少年が背負われている。
「……アルト?」
フィリアの目が見開かれた。
「アルト!」
駆け出す。
近づくにつれ、その姿がはっきりと見えた。
服は血と泥にまみれ、全身には無数の傷。
両腕は力なく垂れ下がり、顔にも血の気がほとんどない。
「アルト⁉︎」
「フィ……リア……」
掠れた声。
「なに、その怪我……!」
「話は後だ!」
バルガスが怒鳴る。
「こいつを寝かせろ! かなり血ぃ流してる!」
「はい!」
ユノがすぐに動く。
「こっちへ! 早く!」
バルガスがアルトを運び込む。
その後ろから、ガオンたちも救護所へ辿り着いた。
道中でバルガスから、フィリアやユノたちがこの救護所にいるとは聞いていた。
「ユノ!」
ガオンが声を張る。
「こっちにも怪我人がいる!」
「ガオンさん!」
ユノが振り返る。
ガオンに肩を貸されている、見覚えのない男。
「その人は……?」
「ラバタ・カルキス。俺の幼馴染だ」
「カルキス……」
ユノが僅かに目を見開く。
「かなり怪我してる。頼む」
「分かりました。こちらへ!」
「……悪いガニ」
ラバタは顔をしかめながら、ユノの指示に従って救護所へ入っていく。
さらにその後ろから現れた男を見て、パイルの表情が固まった。
「……スカー王?」
「おう」
痩せ細った身体。
だが、その眼差しには確かな力が戻っている。
リシェルも、その姿を見た瞬間に息を呑んだ。
「陛下……」
「リシェルか」
「…………」
死んだと思っていた者。
敵だと思っていた者。
裏切ったと思っていた王族。
すべてが、自分の記憶とは違う姿で目の前にいる。
「陛下……私は……」
「後だ」
スカーは短く告げた。
「今は怪我人を優先しろ」
「……はい」
リシェルは俯く。
そんな中。
「…………」
アルトだけは、寝台へ横たえられたまま何も言わなかった。
「アルト?」
フィリアが傍へ寄る。
いつものアルトなら。
これだけ仲間が集まれば、何かしら声を上げる。
けれど今は、虚ろな目で天井を見つめている。
「……アルト」
もう一度呼ぶ。
僅かに唇が動いた。
「セブランさんが……」
「え?」
「俺の……せいで……」
少し離れた場所に立っていたセヴェルが、静かに目を伏せた。
「アルトくん」
ユノが傷を確認しながら声をかける。
「今は喋らないでください。まず身体を――」
「でも……」
「アルト」
ガオンの声が遮った。
アルトの視線がゆっくりと動く。
「今は生きろ」
「…………」
「セブランが何をしたか。お前が何をしたか。考えるのは後だ」
ガオンは静かにアルトを見下ろした。
「今は帰ってきた。それでいい」
「……帰って……」
アルトが小さく呟く。
フィリアは寝台の傍へ腰を下ろした。
「うん」
動かないアルトの手には触れず、そのすぐ傍へ自分の手を置く。
「おかえり、アルト」
「…………」
アルトの瞳が僅かに揺れた。
「……ただいま」
掠れるほど小さな声だった。
それでも。
確かに、仲間たちのところへ帰ってきた。




