抜けた記憶②
◇◇◇
「……見えたぞ。救護所だ」
ロイドの言葉に、ログが顔を上げた。
王宮から少し離れた場所に設けられた救護所。その周囲では負傷者たちが横たわり、動ける者が治療や瓦礫の片付けを手伝っている。
「おーい!」
ログが声を張ると、救護所の前にいたフィリアが振り返った。
「……ログ?」
一瞬、目を見開く。
「ログ!」
フィリアが駆け出し、その後ろからユノも顔を出した。
「ログさん⁉︎」
「お、おう……」
地面に座り込んだまま、ログが片手を上げる。
フィリアはその姿を見るなり眉を寄せた。
「何その怪我……」
「ちょっとな」
「ちょっとじゃないでしょ!」
「まぁ、生きてるからいいだろ」
「よくない!」
怒鳴るフィリアの横で、ユノはすぐにログの傍へしゃがみ込んだ。
「とにかく中へ。傷を見ます」
「悪い、糸目……」
「誰が糸目ですか」
いつもの言葉を返しながらも、ユノの表情に笑みはなかった。
「それより……」
フィリアがロイドへ視線を向ける。
その腕の中。
力なく抱えられている少女を見て、顔色が変わった。
「……レテ?」
「おう」
「レテ!」
フィリアが駆け寄る。
「レテ! ねぇ、レテ!」
「揺らすな。息はしてる」
「でも……こんな……」
肩や腕、腿にはいくつもの傷が残っている。
フィリアは唇を噛み締めた。
「誰が……」
その声に、少し離れた場所に立っていたリシェルの肩が震えた。
「……私よ」
「え?」
フィリアが振り返る。
「私が……その人を傷つけた」
空気が止まった。
フィリアの目が鋭くなる。
「あなたが?」
「……えぇ」
「どうして」
「それは――」
「待て待て」
ロイドが面倒そうに二人の間へ入った。
「話は後だ。今は怪我人の治療が先」
「でも!」
「レテが起きてもねぇのに、ここで揉めてどうすんだよ」
「…………」
フィリアは何か言いたそうにリシェルを睨んだ。
それでもロイドの腕の中にいるレテを見ると、拳を握ったまま口を閉じる。
「……ユノ」
「はい」
「レテもお願い」
「もちろんです」
ユノが立ち上がり、ロイドへ救護所の奥を示した。
「こちらへ運んでください」
「あいよ」
ロイドがレテを運んでいく。
フィリアもその後を追おうとして、ふと足を止めた。
振り返る。
リシェルは脇腹を押さえたまま、その場に立ち尽くしていた。
「あなたも怪我してるじゃない」
「私は……」
「来て」
「……え?」
「そのまま立ってても邪魔」
ぶっきらぼうに言い捨て、フィリアは背を向ける。
「でも私は……」
「だから何?」
フィリアが振り返った。
「レテを傷つけたから、治療される資格がないとか言うつもり?」
「…………」
「そんなの、レテが起きてから本人に言って」
リシェルは何も返せない。
「今死なれたら、レテだって困るでしょ」
「……どうして」
「え?」
「どうして、そこまで……」
「知らない」
フィリアは即答した。
「何があったのかも知らないし、あなたのこともよく知らない。でも、怪我人がいるなら助ける。それだけ」
「…………」
「ほら。早く」
「……えぇ」
リシェルは小さく頷き、痛む身体を引きずるように救護所へ入っていった。
◇◇◇
「うっ……痛ぇ……」
「動かないでください」
簡素な寝台に横たわったログへ、ユノが手を伸ばす。
淡い炎が掌に灯った。
「《暖脈》」
温かな熱がログの身体へ流れ込み、強張っていた筋肉を少しずつ解していく。
「はぁ……やっぱこれ効くな……」
「治してるわけじゃありませんからね。楽になったからって動いたら駄目ですよ」
「分かってるって、糸目」
「もう一回痛い目見ます?」
「すみませんでした」
少し離れた寝台では、レテが眠ったまま横になっていた。
フィリアはその傍から離れず、静かにその顔を見つめている。
「……レテ」
呼びかけても返事はない。
それでも胸はゆっくりと上下していた。
「大丈夫ですよ」
ユノがログの処置を続けながら声をかける。
「傷は多いですけど、致命傷はありません。出血も止められます」
「……うん」
フィリアは小さく息を吐いた。
「……やれやれ」
壁際から声がする。
「なんだよ。また仲間増えたのか?」
両手に拘束具を嵌められたリアスが、壁にもたれながらこちらを見ていた。
その傍にいたパイルが眉をひそめる。
「君は黙ってて」
「暇なんだよ」
「捕虜が暇なのは普通だから」
「だったら外してくれよ」
「外さないよ」
「ケチ」
「そういう問題じゃないから」
そのやり取りにも、今は誰も笑わなかった。
リシェルは少し離れた場所で手当てを受けながら、レテを見つめている。
自分がつけた傷。
自分が壊しかけた命。
記憶はまだ完全には戻っていない。
それでも、やったことまで消えるわけではない。
「……私は」
小さく呟いた、その時だった。
ズズズズズ……。
「……?」
地面が揺れた。
救護所にいた全員が一斉に顔を上げる。
「地震……?」
フィリアが外へ目を向けた。
違う。
遥か向こう。
王宮の方角から、低く巨大な音が響いてくる。
ゴゴゴゴゴゴ――。
「おい……」
ログが身体を起こしかけた。
「王宮……崩れてねぇか?」
「動かないでください!」
ユノに押し戻されながらも、ログは王宮から目を離さない。
煙が上がる。
建物の一部が崩れ、大量の瓦礫が落ちていくのがここからでも見えた。
「アルト……」
フィリアの表情が強張る。
「アルト……無事なの……?」
誰も答えられない。
ただ。
遠くで崩れ続ける王宮を見つめることしかできなかった。




