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精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
星詠国家ルミナス クーデター編

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ただいま


「うわっ⁉︎」


 崩れ落ちた瓦礫がアルトへ迫る。


 だが、その直前。


「ギィィ!!」


 アルトの身体を見えない力が包み込み、降り注いだ石が次々と弾かれた。


「エーテル……!」


 胸の奥から響く声に、アルトは辛うじて身を守られながら砂埃の向こうへ目を凝らす。


「セブランさん……?」


 返事はない。


「兄さん!!」


 代わりに響いたのは、セヴェルの叫びだった。


 巨大な瓦礫の下。そこに、セブランの身体が埋もれていた。


「兄さん! 今、助けます!」


 セヴェルが駆け寄り、瓦礫へ両手をかける。必死に持ち上げようとするが、びくともしない。


「くっ……!」


「……やめろ」


「え?」


 瓦礫の隙間から、掠れた声が聞こえた。


「早く行け!」


「何を言ってるんですか!」


「ここは……もう持たねぇ……!」


 その言葉を証明するように天井が軋み、亀裂がさらに広がっていく。


 アルトはその光景を呆然と見つめていた。


「あぁ……あぁ……」


 声が震える。


「俺の……俺のせいで……」


「……勘違いするな」


「え……?」


「テメェのせいじゃねぇ」


「でも……!」


「俺がやりたくてやったことだ」


「――!」


 アルトの目が見開かれた。


 あれほど「生きる意味がない」と言っていた男が。


 最後に選んだのは。


 自分の意思で、誰かを助けることだった。


 ――ガラガラガラ!!


「ぐっ……!」


 さらに崩れた瓦礫がセブランの上へ落ちる。


「兄さん!」


「セブランさん!!」


「アルト! 早く来い! セヴェルも!」


 ガオンの声が飛んだ。


「嫌だ……!」


 アルトは首を振る。


「セブランさん!」


「アルト!」


 ガオンが駆け寄り、動けないアルトを無理やり抱え上げる。


「離せよ! まだ助けられるかもしれないだろ!」


「その身体で何ができる! ここも崩れるぞ!」


「でも! セブランさんが!」


「行くぞ!」


「嫌だ! セブランさん!!」


 遠ざかっていくアルトの声を聞きながら、瓦礫の下でセブランは僅かに口元を緩めた。


「はっ……甘ちょろいんだよ……ばーか」


 それは悪態のはずなのに。


 セブランは笑っていた。


「兄さん!」


 セヴェルだけは、まだその場を離れない。


「今助けますから! もう少しだけ――」


「……おい……早く……離れろ……」


「嫌です!」


「…………」


「また……また会えたのに……!」


 セヴェルの声が震える。


「やっと兄さんに会えたのに……今度はちゃんと話せると思ったのに……!」


 瓦礫の奥で、セブランはゆっくり目を閉じた。


「……俺は、帰っていいんだろ……?」


「……えぇ」


 セヴェルは涙を堪えながら頷く。


「だから……だから一緒に帰りましょう。兄さん」


「あぁ……」


 セブランの口元が緩む。


「ようやく俺にも……故郷が……」


 霞んでいく視界。


 その向こうに。


 一人の男が立っていた。


「…………」


 見間違えるはずがなかった。


20代の若者に見間違えるほど若い。


 白衣を纏った、蠍座の医師。


 自分に医術を教え。


 何も告げないまま自分を追い出し。


 そして、最後まで自分の名を忘れなかった男。


 ――セト。


 セブランは、ぼんやりとその姿を見つめる。


 十五年間。


 憎んだ。


 恨んだ。


 何度も何度も、頭の中で罵った。


 それなのに。


 最後に浮かんだ言葉は。


 恨み言ではなかった。


「……ただいま」


 誰にも聞こえないほど小さな声で。


 セブランは笑った。


「父さん」


 セトもまた、昔と変わらない穏やかな顔で笑っていた。


「しししし。」


「おかえり。セブラン」


 ――ズズズズズズ……!!


「兄さん⁉︎」


 継承の間全体が大きく沈む。


 壁が割れ、柱が倒れ、天井が一気に崩れ始めた。


「セヴェル!」


 スカーがセヴェルの腕を掴む。


「離してください! 兄さんが!」


「もう無理だ! 行くぞ!」


「嫌だ! 兄さん! 兄さん!!」


 引きずられるように、セヴェルも継承の間から離れていく。


「兄さぁぁぁぁん!!」


 その声を聞きながら。


 セブランは静かに目を閉じた。


 そして。


 継承の間は完全に崩れ落ちた。


     ◇◇◇


「な、なんだ⁉︎ この揺れ!」


 王宮地下。


 捕らえられていた族長たちと合流していたナーラが、激しく揺れる天井を見上げた。


「崩れ――」


 ――バキィ!!


 言い終わるより先に天井が割れ、巨大な瓦礫がナーラたち目掛けて落ちてくる。


「姫様!」


「くっ――!」


「ぶるる……!」


 一つの巨体が前へ出た。


 ――ズドン!!


「ぐぅぅぅ……!」


 太い両腕が、落下してきた巨大な岩盤を真正面から受け止める。


「な……」


「大丈夫ですかい、姫さん」


 岩盤を支えながら振り返ったのは、二メートル近い巨躯を持つ大男。


「ミ、ミノス……!」


 牡牛座。


 タウルス族族長。


 ミノス・タウルス。


「ぶるる……こんくらいなら、まだ平気ですぜ」


「いや、どう見ても平気じゃ――」


 ――ガラガラガラ!!


「また来るぞ!」


 今度は別方向から、いくつもの瓦礫が落下する。


 その瞬間。


 ――ヒュン。


「……え?」


 一本の矢がナーラの視界を横切り、巨大な岩塊の中心を射抜いた。


 ――バァン!!


 瓦礫が空中で粉々に砕け散る。


「ふぃー。あっぶな」


 気の抜けた声と共に弓を下ろしたのは、先ほどのミノスとは正反対の男だった。


 ひょろりとした長身。薄い灰金の髪を後ろで雑に束ね、眠そうな目で崩れ続ける天井を見上げている。


「……ケイロ」


「どーも、姫さん。生きてて何より」


 射手座。


 トクソス族族長。


 ケイロ・トクソス。


「お前もな!」


「いやぁ。ほんとほんと」


 ケイロは軽く笑う。


 だが、崩落は止まらない。


「右から来るぞ!」


「任せろ!」


「こっちは私が!」


 族長たちがそれぞれの加護を使い、落ちてくる瓦礫を防いでいく。


 受け止め。


 砕き。


 弾き。


 逸らす。


 十二の星を背負う部族の長たちが、ナーラや周囲の者を守りながら崩落へ抗う。


 それでも。


「くっ……まだ来るぞ!」


「こっちも手が回らん!」


 崩壊の勢いが上回り始める。


 壁が割れ。


 床が沈み。


 そして。


 ――ミシミシミシッ!!


 頭上の天井全体が大きく沈んだ。


「まずい……!」


 ナーラが息を呑む。


 族長たちも既に別の瓦礫を抑えている。


 誰も。


 動けない。


 巨大な天井が崩れ落ちる。


 その瞬間。


 ――ギィン――――。


「…………?」


 ナーラが目を見開いた。


 崩れ落ちていた瓦礫が。


 止まっている。


 天井も。


 壁も。


 今にも砕けそうだった床さえも。


 まるで。


 時が止まったと錯覚するほどに。


「皆……無事カニ?」


「…………!」


 ナーラたちが振り返る。


 そこに立っていたのは、白い肌に濃紺の髪。


 赤褐色の外套を纏い、蟹の甲殻を思わせる重厚な装甲に身を包んだ大男。


「タ……タスマン……!」


 蟹座。


 カルキス族族長。


 タスマン・カルキス。


「ありゃ?」


 ケイロが目を丸くした。


「タスマンさんって死んだって聞いたけど。生きてんだ。すげー」


「……あぁ」


 タスマンは自分の身体を確かめるように見下ろした。


「我も……死んだと思っていたカニ」


 そして。


 ゆっくりと顔を上げる。


「だが……生きていたカニ」

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