崩れる
「……殺せ」
「……え?」
掠れた声だった。
アルトが顔を向けると、セブランは砕けた石床の上に倒れたまま、天井を見つめていた。
「テメェの……勝ちだ」
「…………」
「だから殺せ」
「やだ」
「…………あ?」
「殺さない」
あまりにも即答だった。
セブランの顔が歪む。
「ふざけるな……! 俺が何をしたか分かってんのか!」
「分かってる」
「人を騙した! 傷つけた! 王を操って、この国を滅茶苦茶にした!」
声を張るたび、呼吸が乱れていく。
「それで負けて……全部終わって……今更俺に何が残る!」
「…………」
「俺はもう、生きる意味もなんもねぇんだよ!!」
「あるだろ!」
アルトの声が重なった。
「……医者やれよ」
「…………は?」
「医者、やりたかったんだろ」
「テメェ……まだそんなこと――」
「ちゃんと謝って、罪償って。それから医者やればいいじゃん!」
「ふざけんな!」
セブランが歯を食いしばる。
「謝って何になる! 償って何が戻る!」
「…………」
「死んだ奴は戻らねぇ! 俺が奪ったものも、十五年も、全部戻ってこねぇんだよ!」
「分かってるよ」
アルトは真っ直ぐセブランを見る。
「だから……生きてるうちに、やりたいことをたくさんやるんだよ」
「…………」
「生きてるから、死ぬまで自分に向き合って。喜んで、後悔して、泣いて、怒って……笑うんだよ!」
セブランの目が僅かに見開かれる。
「間違えたなら謝ればいい! 傷つけたなら償えばいい!」
アルトは息を吸う。
「それで全部なくなるわけじゃない。許してもらえるかも分かんない。でも――」
声が強くなる。
「まだ見えてないお前の可能性も! 誰かの可能性も!」
「…………!」
「勝手に決めつけんなよ!!」
継承の間に、アルトの声が響いた。
セブランは何も返さない。
ただ。
呆然とアルトを見つめていた。
やがて。
「……本当に」
小さく息を吐く。
「ムカつくガキだな……テメェは」
「よく言われる」
「……そうかよ」
セブランの口元が、ほんの僅かに緩んだ。
その直後。
――ミシッ。
「……ん?」
アルトが天井を見る。
一本の亀裂。
そこからさらに。
床へ。
壁へ。
天井へ。
《砕旋・轟環》の余波で傷ついた継承の間へ、無数の亀裂が広がっていく。
「……あ」
「テメェ……」
セブランも顔を上げた。
「やりすぎだ……馬鹿が」
「……ごめん」
「俺に謝ってどうすんだよ」
次の瞬間。
――ズガァァァァン!!
継承の間が大きく揺れた。
天井の一部が崩れ、巨大な岩塊が浅い水へ叩きつけられる。
◇◇◇
「……アルト‼︎」
轟音が地下通路まで響いた。
ガオンが顔を上げる。
音のした方向は、間違いなく継承の間だった。
「父上!」
「あぁ。急ぐぞ」
スカーもすぐに歩き出す。
ガオンは背負ったラバタを支え直し、その後を追おうとした。
その時。
「……ガオン様?」
「……?」
聞き覚えのある声に、二人が振り返る。
通路の向こう。
一冊の革張りの手帳を握ったセヴェルが立っていた。
「セヴェル!」
「ガオン様……スカー王……」
セヴェルの視線が、すぐにガオンの背へ向く。
「ラバタ⁉︎」
「生きてる。だが重傷だ」
セヴェルの表情が一瞬で医師のものへ変わった。
「状態を見せてください」
「頼む。だが今は――」
再び。
遠くから崩落音が響く。
セヴェルが継承の間の方角を見る。
「……今の音は?」
「アルトだ」
「アルト?」
「あぁ。この一件の首謀者と思われる奴と、継承の間で戦ってる」
「…………誰と?」
ガオンが答える。
「セブランって男だ」
「…………」
セヴェルの手が止まった。
握っていた革張りの手帳が、僅かに震える。
「……セブラン兄さん」
「兄さん?」
ガオンが眉を寄せる。
だが。
「話は後だ」
スカーが継承の間へ視線を向けた。
「崩れ始めている。急ぐぞ」
「……はい」
セヴェルは短く答えた。
ガオンはラバタを背負ったまま。
スカーは傷だらけの身体を引きずり。
そしてセヴェルも。
三人は崩落音の続く継承の間へ向かって走り出した。




