クソガキが
赤金色の熱が霧散し、地下の広間へ静寂が戻ってくる。
「はぁ……はぁ……」
ガオンは肩で息をしながら、目の前を睨んだ。
熱波を真正面から受けたスカーは膝をつき、《灼王牙》を杖のようにして身体を支えている。それでも、まだ倒れきってはいない。
「はぁ……はぁ……いい加減倒れろ、クソ親父……」
「…………」
返事はない。
やがてスカーは《灼王牙》から手を離し、ゆっくりと立ち上がった。
「⁉︎」
ガオンの顔が引きつる。
「冗談だろ……」
《灼獅》に残っている熱はほとんどない。身体も限界だった。もう一度まともにやり合えるほどの力は残っていない。
それなのに。
スカーが消えた。
「――⁉︎」
違う。
これまで以上の速さで、一気に間合いを詰めてきたのだ。
「くそっ……もう……!」
ガオンは反射的に《灼獅》を上げようとする。
だが、それより早く。
「……誰がクソ親父だ」
「……え?」
聞き覚えのある低い声。
そして。
「クソガキがぁぁぁぁ!!」
――ゴンッ!!
「ゴッ⁉︎」
拳骨がガオンの頭へ叩き込まれた。
「いっっってぇぇぇぇ!!」
ガオンは頭を抱えてしゃがみ込む。
「な、何すんだクソ――」
言いかけて、止まった。
「…………」
スカーがこちらを見ている。
先ほどまでの虚ろな目ではない。苛立ったように眉を寄せた、見慣れた父親の顔だった。
「……父上?」
「……で?」
スカーは周囲を見回す。
焼け焦げた床。
砕けた石壁。
転がる《灼王牙》。
そして、見知らぬ霊器を両腕へ纏った息子。
「これは一体どういう――」
そこで身体が大きく揺れた。
「父上!」
ガオンが咄嗟に手を伸ばす。
だがスカーは片手を上げ、それを制した。
「……いい。それよりも」
スカーの視線が、ガオンの背後へ向く。
「…………」
ガオンも振り返った。
倒れたままのラバタ。
「――‼︎ ラバタ‼︎」
戦いの間、何度も気になっていた。それでも、スカーを止めるまでは背を向けられなかった。
ガオンはすぐさまラバタのもとへ駆け寄り、その場へ膝をつく。
「ラバタ! おい、ラバタ!」
返事はない。
身体中が酷く傷ついている。
だが。
「……血が止まってる」
あれほど流れていた血が、今はほとんど流れていなかった。
スカーもふらつきながら近づき、ラバタの傷を見る。
「加護で血を固めたのだろうな」
「自分の……?」
「あぁ。意識を失う直前に、最低限の処置だけしたらしい」
スカーは鼻を鳴らした。
「ふん……中々気合が入っている。親父に似たな」
「…………」
ガオンはラバタの顔を見る。
呼吸はある。
弱いが、確かに生きている。
「……父上」
「何だ」
「国が……」
スカーの表情が変わった。
「……あぁ」
ゆっくりと周囲を見回す。
「ぼんやりとだが覚えている。どうやら、随分と良くないことが起きているらしいな」
「姉上や俺たちを敵だと思っていたことは?」
「……断片的にはな。だが、自分が何故そう思っていたのかまでは分からん」
スカーは額を押さえ、短く息を吐いた。
「それよりナーラとジルは?」
「姉上は……今どこにいるか分かりません。ジルは安全な場所で、侍女に預けています」
「ふん。そうか」
僅かに肩の力が抜ける。
「ならばまず状況を――」
その時だった。
――ズガァァァァン!!
地面が大きく震えた。
「っ!」
天井から砂埃が落ちる。
スカーが顔を上げた。
「なんだ?」
音がした方向。
継承の間。
ガオンの目が大きく見開かれる。
「……アルト‼︎」
「アルト?」
「友人です! この一件の首謀者と思われる奴と戦っています!」
「何⁉︎」
スカーの顔色が変わった。
「何故それを早く言わん!」
「いや、父上がずっと襲ってきてたんでしょうが!」
「口答えは後だ! 行くぞ!」
スカーが継承の間へ向かおうとして、ふらつく。
「……っ」
「その身体で行く気ですか⁉︎」
「黙れ。歩ける」
「さっき倒れかけてたじゃないですか!」
「歩けると言っている!」
「無茶苦茶だなこの親父……」
「何か言ったか?」
「いえ!」
スカーはラバタへ視線を落とした。
「ガオン。ラバタを背負え」
「……はい!」
ガオンは慎重にラバタを背負う。
「ラバタ……もう少しだけ我慢してくれ」
返事はない。
だが背中から、僅かな呼吸が伝わってくる。
「行くぞ」
「はい!」
傷だらけの父と息子は、ラバタを連れ、轟音の響いた継承の間へ向かって走り出した。




