咆哮
《灼王牙》の刃が迫る。
今度はぎりぎりまで引きつけ、身体を横へ滑らせる。灼けた刃が肩口を掠めた瞬間、右手で長柄を押さえ込み、左拳をスカーの脇腹へ叩き込んだ。
――ゴッ!!
だが、浅い。
スカーは身体を捻って衝撃を逃がすと、そのまま柄を引いてガオンの腕を振りほどいた。返す動きで石突きが腹へ迫る。
「っ!」
両腕を交差させて受ける。
――ドンッ!!
足が床を滑った。それでも倒れずに踏み直し、ガオンは再び距離を詰める。
「まだだ!」
右拳を受けられれば左へ繋ぎ、さらに肘を振るう。スカーが半歩退けば、その分だけ踏み込み、蹴りまで繋げた。
攻撃を止めない。
《灼獅》の光が再び強くなり、失われていた速さと重さが少しずつ戻ってくる。
だが、スカーも簡単には流れを渡さない。《灼王牙》を身体の前へ立て、ガオンの拳を受けながら強引に押し返した。
「ぐっ!」
押されたところへ、灼熱の刃が振り下ろされる。
ガオンは右腕で受けた。
――ガァン!!
「っつ……!」
熱が《灼獅》へ流れ込む。
腕が焼ける。
同時に、掌の中心に残っていた光がさらに強くなった。
「…………」
ガオンの目が僅かに動く。
スカーが《灼王牙》を引いた瞬間、反射的に右掌を突き出した。
「……出ろ!」
――ボッ!!
「なっ⁉︎」
掌から熱が噴き出した。
大きなものではない。ほんの一瞬。それでも至近距離から放たれた熱波がスカーの胸元へぶつかり、その身体を半歩押し戻した。
「…………」
ガオンは自分の掌を見る。
赤金色の光が、まだ残っている。
「そういうことか」
喰った熱は、身体を動かす力になる。
それだけじゃない。
《灼獅》の中にも残っている。
「ハッ……喰って終わりじゃねぇんだな」
理解した。
だが、それだけで勝てるほど甘くはない。
スカーが踏み込む。
「っ!」
《灼王牙》を片手で振るいながら、空いた左手でガオンの顔面を狙ってくる。拳を受け流した隙に長柄が脇腹へ食い込み、続けて肩、膝へと打撃が走る。体勢を崩したところへ拳が頬へ突き刺さった。
――ゴッ!!
「ぐぁっ!」
ガオンの身体が大きくよろめき、膝が落ちかける。
「……っ」
石床へ手をつく寸前で踏み止まった。
視界が揺れている。
耳鳴りも酷い。
熱を喰って多少は力が戻ったとはいえ、身体はとっくに限界を越えている。
「ハァ……ハァ……」
顔を上げる。
スカーも無傷ではない。これまで叩き込んだ拳や蹴りで呼吸は乱れている。それでも立ち姿は崩れず、《灼王牙》を握る手にも力が残っていた。
「……ホント、しぶてぇな」
ガオンは口元の血を拭う。
そして、笑った。
「ハッ! 上等!」
スカーの身体から、再び熱が膨れ上がる。
「またそれかよ……」
《灼王牙》の獅子の口が赤く灯り、広間の空気が大きく揺らいだ。
まともに喰えば、今度こそ《灼獅》が耐えられない。
ガオンは両掌を見る。
喰える量には限界がある。
なら。
溜め込み続ける必要はない。
「なるほどな……だったら、使いながら喰えばいい」
スカーが《灼王牙》を振り抜く。
灼熱が広間を走った。
「おおおおおっ!!」
ガオンは真正面から踏み込み、両掌で熱を受ける。
――ゴォォォォッ!!
「ぐっ……!」
《灼獅》が熱を喰らう。
だが、今回はただ溜め込まない。吸い込んだそばから、その熱を身体へ巡らせていく。
脚へ。
腰へ。
肩へ。
拳へ。
「《獅醒》……!」
自分自身の熱まで重ねる。
身体の芯が一気に熱を帯びた。
腕が焼け、《灼獅》の装甲も赤熱する。それでも、さっきより動ける。
ガオンは灼熱を受けながら、一歩ずつ前へ出た。
「ぐ……おおおおっ!」
一歩。
さらに一歩。
スカーとの距離が縮まる。
「あと……ちょっとだ!」
スカーが《灼王牙》を引き、すぐさま突きへ移る。
ガオンは身を捻った。
刃が脇腹を掠める。
「っ!」
痛みを無視して踏み込む。
右拳。
スカーが受ける。
左拳。
肘。
膝。
再び連撃が始まった。
スカーが距離を取ろうとする。
「させるか!」
ガオンは追う。
外れた拳の勢いも殺さない。そのまま身体を回して蹴りへ繋ぎ、受けられれば着地と同時に肘を叩き込む。そこから膝。さらに拳。
止めない。
一瞬でも流れを切らない。
一撃を重ねるたびに《灼獅》が応え、動きは速く、打撃は重くなっていく。
右拳がスカーの頬を捉えた。
――ゴッ!!
続く左肘が胸へ入る。
――ドンッ!!
スカーが後退する。
「まだだ!」
ガオンが追う。
スカーの拳が頬へ直撃した。
「ぐっ!」
それでも止まらない。
拳を返す。
スカーも退かない。
互いに殴り、受け、また返す。
《灼王牙》の長柄が肩へ叩き込まれれば、ガオンはその柄を腕で挟み込み、膝を腹へ突き上げた。
――ゴッ!!
「…………!」
スカーの身体が僅かに折れる。
「捕まえたぞ……!」
もう離さない。
右拳を叩き込み、左肘を胸へ。続けて右膝を突き上げ、そのまま額をぶつける。
――ゴッ!!
スカーが大きく仰け反った。
だが、次の瞬間。
スカーの額が返ってくる。
――ゴンッ!!
「いっ……てぇ!」
ガオンの鼻から血が飛んだ。
「クソ親父……そこまでやるかよ!」
腹へ拳が入る。
「ぐっ!」
ガオンも腹へ返した。
互いの身体が揺れる。
もう綺麗な攻防ではなかった。
殴って。
殴られて。
それでも前へ出る。
その中で、ガオンは感じていた。
《灼獅》の中に。
熱が溜まっている。
先ほど掌から放った程度では、まだ全然足りない。
「…………」
一瞬だけ掌を開く。
中心部が、眩しいほど赤く輝いていた。
「……ハッ」
何をすればいいのか。
何となく分かった。
スカーの拳が飛んでくる。
ガオンはそれを頬で受けた。
「ぐっ……!」
身体が傾く。
それでも踏ん張り、さらに一歩。
懐へ。
「もう……離さねぇぞ」
スカーが《灼王牙》を引こうとする。
ガオンは左腕で柄を押さえ込み、右拳を腹へ叩き込んだ。続けて左肘、膝、もう一度拳。
一撃ごとに《灼獅》が唸るように熱を高めていく。
スカーが最後に大きく腕を振るった。
拳がガオンの頬を掠める。
だが。
もう遅い。
ガオンはその腕の内側へ潜り込んでいた。
「これで――」
両腕を引く。
拳ではない。
両手を開いた。
熱を喰らい続けてきた掌の中心が、眩い赤金色の光を放つ。
スカーが反応する。
だが、ここまで重ねた連撃が。
ガオンの身体を。
今までで一番速く動かした。
「終わりだ――クソ親父!!」
両掌を、スカーの腹部へ叩きつける。
「――《灼咆哮》!!」
瞬間。
《灼獅》の掌が赤金色に爆ぜた。
喰らった熱。
自ら生み出した熱。
身体の中を巡らせてきた熱。
その全てが、至近距離から一気に解き放たれる。
――ヴォオオオオオオオオオオオオッ!!
地下の広間が震えた。
それは、ただの爆発音ではない。
まるで巨大な獅子が目の前の全てへ向かって吠えつけたような、低く、重い咆哮。
「うおおおおおおおおおっ!!」
ガオンは両掌を押し込む。
赤金色の熱波がスカーの身体を包み、その背後へ一直線に吹き抜けた。広間の石壁が震え、床に残っていた水が吹き飛び、天井から細かな石片が降り注ぐ。
それでもガオンは止めない。
最後の一滴まで。
《灼獅》に残った熱を。
全て吐き出す。
やがて。
獅子の咆哮が、ゆっくりと途切れた。




