灼獅
◇ ◇ ◇
継承の間からほど近い、地下の広間。
赤金色の光が弾けた。
ガオンの両腕を覆っていたのは、一対の重厚な手甲だった。白銀の装甲に金色の縁取り。拳の甲には獅子の頭部を思わせる鋭い面が浮かび、前腕には鬣のような装甲板が幾重にも連なっている。指先には金色の爪。装甲の隙間からは、脈打つように赤金色の熱が漏れていた。
ヴォルグで手にしたものとは違う。
誰かに作られたものでもない。
ガオン自身から生まれた霊器。
新たな《灼獅》。
「…………」
だが、それを眺めている暇などなかった。
真正面。
スカーの《灼王牙》から放たれた熱が、広間そのものを呑み込もうとしている。
視界は大きく歪み、石床に残った水分が次々と蒸発していく。獅子の口から突き出た灼熱の刃は赤を通り越し、白く輝き始めていた。
逃げればいい。
横へ飛べば、まだ避けられるかもしれない。
だが。
ガオンの背後には、意識を失ったラバタがいる。
「……ったく」
小さく笑う。
逃げるという選択肢は、最初からなかった。
「だったら俺は――その熱すら喰らってやる!!」
ガオンは両腕を前へ突き出した。
次の瞬間。
灼熱が《灼獅》へ襲いかかった。
「ぐっ……!」
熱い。
当然だ。
腕どころか、身体ごと焼かれるような熱が押し寄せてくる。
それでも両腕を下げない。
「うおおおおおおっ!!」
歯を食いしばった、その時だった。
――ゴォォォ……。
「……あ?」
音が変わった。
押し寄せていた熱が、両掌へ吸い寄せられている。
《灼獅》の掌。
その中心にある小さな光へ向かって、赤熱した空気が渦を巻いていく。
「なんだ……これ」
ガオンが目を見開く。
熱が消えている。
いや。
違う。
消えているんじゃない。
喰っている。
《灼獅》が。
スカーの熱を。
「ハッ……」
思わず笑いが漏れた。
「マジで喰ってやがる」
吸い込まれた熱は《灼獅》の内部を巡り、装甲の隙間を赤金色に輝かせていく。そして、その熱が両腕から身体の奥へ流れ込んできた。
「……っ」
さっきまで重かった腕に力が戻る。
震えていた脚にも、少しずつ熱が巡っていく。乱れていた呼吸も、僅かに楽になった。
傷が治ったわけじゃない。
殴られた場所も、焼けた皮膚も、身体中が変わらず痛む。
それでも。
空っぽになりかけていた身体へ、再び燃料を流し込まれたような感覚があった。
「なるほどな……」
ガオンは両拳を握る。
「熱が俺の力になるってことか」
その瞬間。
灼熱の向こうから《灼王牙》が突き出された。
「っ!」
咄嗟に顔を傾ける。
灼けた刃が頬を掠め、皮膚が焼ける臭いがした。
「うおっ!」
続けて長柄が横薙ぎに振るわれる。
ガオンは両腕で受けた。
――ドンッ!!
「ぐっ……!」
熱は喰える。
だが。
衝撃までは消えない。
身体が横へ弾かれ、石床を滑る。
「っ……そう都合よくはいかねぇか」
立ち上がった直後、再び《灼王牙》の切っ先が迫る。
ガオンは身を沈めて躱し、そのまま懐へ飛び込んだ。
「お返しだ!」
右拳を振るう。
スカーが長柄で受け止める。
ならば左。
続けて肘。
膝。
だが、スカーはその全てを《灼王牙》の長い柄で捌いていく。
「チッ!」
ガオンが強引に距離を詰めようとした瞬間、獅子の口から伸びた刃が跳ね上がった。
「っ!」
仰け反る。
刃が鼻先を通過する。
そのまま返された柄が、今度は脇腹へ突き刺さった。
「がっ!」
身体がくの字に折れる。
さらに肩へ一撃。
――ゴッ!!
「ぐぁっ!」
ガオンは数歩よろめいた。
力は戻っている。
確かに、さっきまでとは違う。
それでも。
目の前の男は。
まだ、遥かに強い。
「……ハッ」
口元の血を腕で拭う。
「そうだよな」
ガオンはもう一度構えた。
「これくらいで楽に勝たせてくれるほど……甘くねぇよな。クソ親父」
スカーは答えない。
ただ、《灼王牙》をゆっくりと構え直す。
その身体から。
再び。
灼けるような熱が立ち上り始めた。




