震える力
アルトの胸の奥で光が弾ける。
淡い光はエーテル自身のものだった。だが、その直後。
「……うわっ⁉︎」
アルトの周囲にあった浅い水が、一斉に外側へ押し退けられた。
――バシャァッ!!
何かが爆発したわけでも、風が吹いたわけでもない。ただ、アルトを中心に見えない力が広がった。
「…………?」
セブランが足を止める。
だが、一番驚いているのはアルト自身だった。
「今の……俺?」
「ギィ!」
「いや、分かんないって!」
胸の奥から返ってくる声に、アルトは困ったように眉を寄せた。
身体の中に、これまで知らなかった何かがある。自分の力ではない。それでもエーテルが貸してくれているからなのか、不思議と動かせるような感覚だけはあった。
「これ……精霊術なのか?」
「……テメェ」
セブランの声が低くなる。
「精霊術は使えなかったはずだろ」
「使えないよ」
「……あ?」
「だから俺もよく分かってない」
「…………」
セブランの眉間に深い皺が寄った。
「使えねぇ奴が……なんで使ってやがる」
「俺が聞きたいよ!」
アルトは動く左腕を持ち上げ、とりあえず掌をセブランへ向けてみる。
「えっと……こうか?」
「ギィ」
「こう?」
「ギィィ!」
「違うの⁉︎」
慌てて手首の向きを変える。初めて扱う感覚に眉を寄せながら、胸の奥にある力をどうにか腕へ流そうとした。
「んんん……胸から、こう……腕に……」
「……チッ。何してやがる」
「集中してんだよ! ちょっと黙ってろ!」
「…………」
セブランのこめかみが僅かに引きつった。
だが、その直後。
アルトの掌の前で空気が微かに歪んだ。
「……お?」
水面が震え、掌の前にあった細かな砂が外側へ押し退けられていく。
「これ……か?」
「ギィ!」
「よし!」
アルトは目の前に見えるセブランへ掌を向けた。
「とりあえず――行け!」
――ドンッ!!
見えない力の塊が、一直線に撃ち出された。
床の水を左右へ弾き飛ばしながら継承の間を駆け抜け、そのままセブランの胸を捉える。
はずだった。
「……あ」
力はセブランの姿を何事もなかったように通り抜け、奥の石壁へ叩きつけられた。
――ズドォン!!
壁が大きく震え、砕けた石片が水面へ落ちる。
「…………すっげ」
「自分で撃っといて驚いてんじゃねぇ」
「うわっ!」
声は左から聞こえた。
振り向けば、そこにもセブランがいる。
右にも。
さらに奥にも。
《慰域》は依然として、アルトの認識を狂わせ続けていた。
「そうだった……!」
「……少し驚かされたが、それだけだ。どれだけ強ぇ力でも、当たらなきゃ意味はねぇ」
「……くそっ」
アルトは別のセブランへ掌を向ける。
「こっち!」
――ドンッ!!
二発目。
また水面を割りながら見えない力が走る。
だが、これも外れた。
「また⁉︎」
「無駄だ」
今度は背後から声がする。
アルトは振り向きざまに掌を向けた。
「じゃあこっち!」
――ドンッ!!
外れ。
「こっち!」
もう一発。
やはり当たらない。
「なんで当たんないんだよ!」
「何度言わせんだ」
幾つものセブランが同時にアルトを見る。
「テメェには俺の位置が分からねぇ。どれだけ強ぇ術でも、狙ってる場所そのものが間違ってりゃ当たるわけねぇだろ」
「…………」
アルトは自分の掌を見る。
今まで撃ち出した力は、全部同じだった。
前へ。
一直線に。
「……なぁ、エーテル」
「ギィ?」
「これってさ」
アルトは少し考え、両手を広げようとしてから止まった。
「……あ。右、動かないんだった」
「ギィ……」
「そのため息やめろよ!」
動く左腕だけを持ち上げ、掌をゆっくり横へ動かす。
「今みたいに前だけじゃなくて……もっとこう、周り全部にドーンって広げられる?」
一瞬、胸の奥が静かになった。
「……無理?」
「ギィ!」
強い返事が返ってくる。
アルトの顔が明るくなった。
「できるんだ!」
「……何する気だ」
セブランの声が響く。
アルトは周囲に並ぶセブラン達を見回し、笑った。
「どれがお前か分かんないならさ」
胸の奥に満ちる力へ意識を向ける。
今度は掌へ集めない。
一箇所へ絞る必要もない。
身体の中にあるものを、そのまま周囲へ。
「――全部に当てればいいんだろ!」
「ギィ!!」
エーテルが応えた瞬間。
アルトを中心に、浅い水が一斉に震え始めた。




