満ちていく力
「ギィ! ギィィ!!」
エーテルはアルトの手の中で暴れながら、これでもかというほど怒った声を上げていた。
「ちょ、ちょっと待って! 何怒ってんの⁉︎」
「ギィ!」
エーテルはするりとアルトの手から抜け出すと、そのまま胸元へ降りる。そして短い両腕を胸の前で交差させ、大きく、はっきりとバツを作った。
「…………えっと。《魔脈》がダメってこと?」
「ギィ!」
即答だった。
「いや、でもさ。見ての通りなんだよ。腕も動かないし、脚もまともに使えない。それに、このままだと――」
「ギィィ!!」
「分かった! 分かったって!」
さらに強く腕を交差させるエーテルを見て、アルトはふと口を閉じた。
ヴォルグで《魔脈》を使った自分を、こいつは見ていた。
血を吐いて、傷口を開いて、それでも無理やり身体を動かし続けた自分を。
「……覚えてんのか」
エーテルは答えない。ただ、じっとアルトを見つめている。
「でも、それがないと……どうやって戦えばいいんだよ」
アルトがセブランへ視線を向ける。
揺らぐ景色の中、何人にも見えるセブランが《蛇針》をこちらへ向けていた。
しばらくアルトを見つめていたエーテルは、やがて小さく息を吐く。
「ギィ……」
「……今、ため息ついた?」
「ギィ」
「ついたよな⁉︎」
その瞬間。
エーテルの身体が淡く光り始めた。
「え?」
光は次第に強くなり、小さな身体の輪郭を呑み込んでいく。
「お、おい。何する気――」
言い終えるより早く、エーテルはそのままアルトの胸へ飛び込んだ。
「――は?」
ぶつかった感触はなかった。
光になったエーテルの身体が、まるで水へ溶け込むようにアルトの胸の中へ吸い込まれていく。
「え……えぇぇぇ⁉︎ ちょ、ちょっと待って! 入った⁉︎ 今、俺の中に入ったよな⁉︎」
アルトは慌てて胸元を触る。
「エーテル⁉︎」
「…………ギィ」
「中から聞こえた⁉︎」
次の瞬間。
アルトの身体を、何かが駆け抜けた。
「――っ!」
熱ではない。
冷たくもない。
これまで一度も感じたことのない感覚だった。
右腕は動かない。左脚にも力は戻っていない。《蛇針》に縫い付けられた誤認が消えたわけではない。
なのに。
身体の内側へ、別の何かが満ちていく。
自分のものではない。
それだけは、はっきりと分かった。
「俺の……力じゃない」
胸の奥から淡い光が脈打つ。それに合わせるように、アルトの身体の周囲へ小さな光の粒が浮かび始めた。
「…………」
アルトは呆然とそれを見る。
昔から、精霊には逃げられてきた。
見つけて近づこうとすれば離れていく。手を伸ばせば、怯えたように姿を消す。
どうしてなのか。
アルトには分からない。
ただ、それが当たり前だった。
なのに今。
エーテルは逃げなかった。
それどころか、自分からアルトの中へ飛び込んできた。
「……これ」
アルトは胸へ手を当てる。
「お前の力なのか?」
「ギィ」
胸の奥から返事が聞こえた。
アルトの目が僅かに見開かれる。
「俺に……貸してくれるの?」
一瞬の沈黙。
そして。
「ギィ!」
今度は、はっきりとした声だった。
「…………」
アルトは俯いた。
目の奥が熱くなる。
何故だか。
泣きそうになった。
「そっか……」
唇が僅かに震える。
「……ありがとう」
その言葉に応えるように、アルトの胸の奥で光が強く弾けた。
次の瞬間。
継承の間を満たしていた赤金色の光とは別の、柔らかな光がアルトの身体から溢れ出した。




