赤金色の光
◇◇◇
『君はもう死んだ』
「…………」
その言葉を最後に、アルトの世界から全てが消えた。
暗い。
音もない。
痛みもない。
自分の身体がどこにあるのかすら分からない。
心臓の音も聞こえず、息をしている感覚もない。手も脚も、本当にそこにあるのか分からなかった。
「俺……死んだのか」
声にしたつもりだった。
けれど、自分の声すら聞こえない。
死んだ。
そう思った。
いや。
そうとしか思えなかった。
何もない暗闇の中で、アルトの意識がゆっくりと沈んでいく。
もう動かなくていい。
戦わなくていい。
そんな考えすら浮かび始めた、その時だった。
「…………?」
何かを感じた。
熱い。
「……熱い?」
死んだはずなのに、確かに熱を感じる。
最初はほんの僅かだった。それが次第に強くなり、燃えるような熱となってアルトの意識を揺さぶり始めた。
「なんで……」
死んでいるなら。
どうして熱い?
その疑問が浮かんだ瞬間。
暗闇の中に、一つの光が灯った。
「……⁉︎」
さらに一つ。
また一つ。
まるで星が次々と目を覚ましていくように、赤金色の光が暗闇の中へ増えていく。
そして。
――バァァァァァン!!
「――っ⁉︎」
一気に世界が戻った。
水音。
荒い自分の呼吸。
耳鳴り。
身体中の痛み。
「はぁっ……! はぁ……っ!」
アルトは浅い水の中へ仰向けに倒れていた。
胸が上下している。
心臓も。
激しく脈打っている。
「俺……」
生きている。
「…………」
そこでようやく気づいた。
継承の間そのものが、光っていた。
「なに……これ」
古びた石碑。
壁へ刻まれた文字。
床を流れる浅い水。
これまで沈黙していた部屋の至るところへ、赤金色の光が走っている。
特に強く輝いていたのは、古い石碑へ刻まれた星々の紋様だった。
一つ。
また一つ。
星へ火が灯るように光が生まれ、それらが線となって繋がり、継承の間全体へ広がっていく。
「…………」
アルトは目を見開いた。
この熱。
どこかで知っている。
理由なんて分からない。
それでも。
「……ガオン?」
「何……?」
セブランもまた、周囲を見回していた。
深いフードの奥から、光り始めた石碑を睨む。
「継承の間が……反応している?」
赤金色の光が浅い水へ映り、揺らめく。
その光と熱を感じるたび、アルトの中へ深く沈み込んでいた『自分は死んだ』という認識に亀裂が走っていった。
「俺……生きてる」
「…………」
セブランの顔が歪む。
「この部屋そのものが……《慰域》へ干渉したのか」
「やっぱ……ガオンだ」
アルトが僅かに笑った。
「根拠はあるのか?」
「ない」
「…………」
「でも、なんとなく分かる」
身体を包む熱。
それは恐ろしいほど強いのに、不思議と嫌な感じがしなかった。
「あいつ……なんかやったんだな」
「…………チッ」
セブランが《蛇針》を握り直す。
「一度認識が揺らいだからなんだ。もう一度沈めればいい」
《慰域》はまだ消えていない。
壁までの距離は揺らぎ、セブランの姿も一つに定まらない。腕も脚も、《蛇針》によって縫い付けられた誤認に縛られたままだ。
アルトは身体を起こそうとする。
「ぐっ……!」
右腕は動かない。
左脚にも力が入らない。
左手もまともに握れない。
それに。
血を失いすぎている。
視界は霞み、頭はぼんやりしていた。
「立て……!」
右脚へ力を込める。
どうにか身体が浮く。
だが、すぐに力が抜けた。
――バシャッ。
「無駄だ」
セブランがゆっくりと歩いてくる。
「さっきの光で消えたのは、貴様が死んだという認識だけだ。《蛇針》で縫い付けたものまで消えたわけじゃない」
「……分かってるよ」
「なら諦めろ。貴様にはもう何もできない」
「…………」
何もできない。
アルトが歯を食いしばる。
いや。
一つだけ。
ある。
「…………」
頭に浮かんだのは。
《魔脈》。
さっき。
使わないと決めた。
ヴォルグで、自分が壊れるまで使った力。
血を吐き。
立てなくなるまで身体を酷使し。
最後には、そんな自分を助けるためにレテまで倒れた。
「…………」
使いたくない。
もう。
あんな戦い方はしたくない。
だが、セブランが《蛇針》を構える。
このままなら。
本当に何もできないまま終わる。
「……ごめん」
小さく呟いた。
誰に謝ったのか。
自分でも分からない。
「ちょっとだけ……」
身体の奥へ意識を向ける。
《魔脈》。
無理やりでも。
身体を動かす。
そう決めた、その瞬間だった。
――ベチャッ。
「ぶっ⁉︎」
突然。
何かが顔面へ張りついた。
「な、なんだ⁉︎」
アルトは動く左腕で慌ててそれを掴み、顔から引き剥がす。
「ギィ!」
「…………」
小さな身体。
淡い光。
見覚えのある姿。
そして。
ものすごく怒っている。
「エ……」
アルトが目を丸くする。
「エーテル⁉︎」
「ギィ! ギィィ!!」
エーテルはアルトの手の中で暴れながら、これでもかというほど怒った声を上げていた。




