脈打つ②
小さく脈打った感覚は、すぐに消えた。
「……なんなんだよ、これ」
ガオンは胸元へ一瞬だけ視線を落とす。熱とは違う。《獅醒》で無理やり身体を動かした時とも違う。
分からない。
だが、考えている暇もなかった。
正面ではスカーが《灼王牙》を構え直している。獅子の双眸が赤く灯り、その口から伸びる湾曲した刃が再び熱を帯びていった。
「まあいい。今は――」
右拳を前へ。
左腕の《灼獅》を引く。
「お前をぶっ飛ばす!」
――ドン!!
二人が同時に地面を蹴った。
スカーの《灼王牙》が斜め上から振り下ろされる。ガオンは半歩だけ外へずれ、赤熱した刃を躱した。
そのまま懐へ入り込み、右拳を腹へ叩き込む。
――ゴッ!!
「っらぁ!」
身体を捻り、続けて左。
《灼獅》の掌が赤く輝き、その熱ごと脇腹へ叩きつけた。
――ドゴォン!!
「……!」
スカーの身体が僅かに横へ流れる。
ガオンは追う。
右の蹴り。
スカーが腕で受ける。
ならば、その受けた腕ごと踏みつけるように蹴りを押し込み、着地と同時に右肘を顎へ振り抜いた。
「おらぁ!」
――ゴッ!!
今度はスカーが一歩下がった。
「はっ!」
ガオンが笑う。
「やっと戦いになってきたじゃねぇか!」
右拳。
左の《灼獅》。
肘。
膝。
蹴り。
拳だけに拘る必要などない。
格闘なら。
身体全部が武器だ。
スカーが横薙ぎに《灼王牙》を振るう。ガオンは身体を反らして避け、戻る勢いのまま右脚を跳ね上げた。
――ゴッ!!
スカーの手首へ蹴りが入り、《灼王牙》の軌道が僅かに上へ逸れる。
「もらった!」
右拳が頬へ。
――ゴッ!!
続けて。
左。
《灼獅》へ熱を集める。
――ドゴォン!!
胸元へ叩き込まれた一撃に、スカーがさらに後ろへ下がった。
「……二歩目」
ガオンが口元を上げる。
「あと何歩下がらせりゃ倒れるんだ?」
「…………」
その時。
スカーの身体から。
白い靄のようなものが立ち昇った。
「……?」
ガオンの笑みが消える。
息ではない。
周囲の空気が。
スカーの熱に耐えきれず、揺らいでいる。
「おいおい……」
《灼王牙》の獅子の双眸が真紅へ染まる。刃の根元から先端までが赤熱し、石床へ向けられただけで表面が黒く焦げ始めた。
「まだ上がんのかよ、クソ親父」
スカーが踏み込む。
「――⁉︎」
速い。
さっきまでとは。
明らかに違う。
一瞬。
姿を見失った。
「どこ――」
横。
気づいた時には。
《灼王牙》が目の前にあった。
「くっ!」
避けきれない。
ガオンは咄嗟に左腕を上げる。
――ガァァァン!!
「ぐぅっ!」
《灼獅》と《灼王牙》がぶつかる。
左腕へ凄まじい衝撃が走り、足元の石床に亀裂が広がった。
――ピキッ。
「……⁉︎」
嫌な音。
左腕を見る。
ラバタとの戦いから積み重なっていた《灼獅》の傷。
その一つが。
大きく広がっている。
「お前まで……!」
掌の熱変換核はまだ光っている。
ガオンは歯を食いしばり、《灼王牙》を押し返した。
「壊されてたまるかよ!」
左腕から熱を放つ。
――ゴォッ!!
《灼王牙》が僅かに浮く。
「おらぁ!」
空いた右拳を。
スカーの顔面へ叩き込んだ。
――ゴッ!!
スカーが半歩下がる。
「はっ……まだいける!」
だが。
スカーはすぐに《灼王牙》を引いた。
「……?」
その構えを見た瞬間。
ガオンの背筋に。
嫌な感覚が走る。
「おい」
スカーが大きく振りかぶる。
「ちょっと待て、クソ親父」
来る。
さっきより。
遥かに重い。
ガオンは右へ逃れようとした。
だが。
脚が動かない。
「……っ」
限界まで《獅醒》を使い続けた身体。
ほんの一瞬。
反応が遅れた。
「クソッ!」
もう。
受けるしかない。
左腕。
残った《灼獅》を前へ。
「耐えろ!!」
スカーが。
《灼王牙》を振り下ろした。
――ドゴォォォォン!!
「がぁぁぁっ!!」
衝撃が地下通路を揺らす。
ガオンの左膝が石床へ落ちた。
腕が。
折れそうになる。
「ぐ……ぅぅぅ……!」
それでも。
《灼獅》は。
耐えていた。
掌の熱変換核が。
赤く。
強く輝く。
「そうだ……!」
ガオンが笑う。
「まだやれるよな!」
《灼獅》へ。
残っている熱を全部叩き込む。
「押し返せぇぇぇぇ!!」
――ゴォォォッ!!
熱が爆ぜる。
ほんの僅かに。
《灼王牙》が押し返された。
「……!」
「はっ!」
いける。
そう思った。
その瞬間。
スカーの腕に。
さらに力が入った。
「……マジかよ」
――バキィィィィン!!
「…………」
銀色の破片が。
宙を舞った。
ガオンの目の前を。
ゆっくりと。
左腕が。
急に軽くなる。
「……あ」
砕けた装甲が石床へ散らばる。
その中を。
掌にあった熱変換核が転がっていった。
――カラン。
小さく跳ね。
一度だけ。
赤く光る。
そして。
消えた。
「…………」
ガオンは。
ゆっくりと左腕を見る。
そこにはもう。
何も残っていなかった。
ヴォルグで手にした《灼獅》。
付き合いは短い。
それなのに。
妙に馴染んだ。
最初から。
自分の拳だったみたいに。
「…………」
その最後の片割れが。
今。
完全に砕け散った。
「……マジかよ」
ガオンは小さく息を吐く。
右にも。
左にも。
もう武器はない。
残されたのは。
傷だらけの身体と。
自分自身の熱だけだった。




