脈打つ
「来い、クソ親父。さっさと終わらせるぞ」
ガオンは拳を構えた。右は素手。左腕には、まだ《灼獅》が残っている。ラバタとの戦いで傷だらけになり、装甲のあちこちに細かな亀裂が走ってはいるが、まだ戦える。
正面のスカーは何も答えず、《灼王牙》をゆっくりと持ち上げた。獅子の双眸が赤く灯り、その口から伸びる湾曲した刃が再び赤熱していく。
「……そうだよな。話して分かる状態じゃねぇか」
ガオンは一瞬だけ視線を横へ向けた。少し離れた場所ではラバタが倒れている。息は弱いが、確かに生きている。
『俺達の誇りは……お前に託す……!』
「勝手なこと言いやがって……起きたら半分返すからな。その重てぇ誇り」
小さく呟き、正面へ向き直る。
「行くぞ、クソ親父!」
――ドン!!
先に動いたのはスカーだった。痩せ細った身体からは想像もできない踏み込みで、一気に間合いを詰めてくる。
「っ!」
横薙ぎに迫る《灼王牙》を、ガオンは身体を沈めて躱した。赤熱した刃が頭上を通過し、触れてすらいないのに熱だけで頬が焼ける。
「《獅醒》!」
構わず全身へ熱を巡らせる。脚、腰、背中、腕。身体能力を一気に引き上げ、そのままスカーの懐へ潜り込んだ。
「おらぁ!」
右拳がスカーの頬を捉える。
――ゴッ!!
すぐに腰を捻り、今度は左。《灼獅》の掌が赤く灯り、そのまま脇腹へ叩き込む。
――ドゴォッ!!
「まだだ!」
僅かに揺れた身体へ、さらに右脚を叩き込んだ。
――ゴッ!!
三連撃。
拳。
熱。
蹴り。
「どうだ!」
ガオンが距離を取ろうとした、その時だった。
「……⁉︎」
スカーの左手が右腕を掴む。
「離せ!」
同時に《灼王牙》の柄が迫り、ガオンは咄嗟に左腕を上げた。
――ガァン!!
「ぐぅっ!」
《灼獅》と柄がぶつかり、左腕全体へ強烈な衝撃が走る。装甲が軋む音がしたが、まだ砕けない。
「こいつまで壊されてたまるかよ!」
掴まれた右腕を引くのではなく、逆に一歩踏み込む。
「おらっ!」
――ゴッ!!
額をスカーの顔面へ叩き込んだ。
頭突き。
一瞬だけ拘束が緩む。
「今だ!」
右膝を腹へ突き上げ、続けて身体を回す。振り抜いた脚が、そのままスカーの側頭部を捉えた。
――バゴォッ!!
「……!」
初めてスカーの上体が大きく傾く。
「入った!」
ガオンがさらに追う。右拳を振り、左の《灼獅》を叩き込もうとする。
だが。
「……やべ」
傾いていたスカーの身体が止まった。
次の瞬間。
――ドゴォッ!!
「がっ!」
《灼王牙》の石突きが腹へ突き刺さり、身体が折れる。
「かはっ……!」
続けて獅子頭が迫る。ガオンは左腕を上げ、《灼獅》で受け止めた。
――ゴォン!!
「ぐぁっ!」
衝撃までは殺せない。身体が横へ弾き飛ばされ、石床を転がった。
「ぐ……っ、はぁ……はぁ……」
片膝をつき、左腕を見る。《灼獅》には新しい傷が増えている。それでも掌の熱変換核は、まだ赤く灯っていた。
「……頑丈だな、お前。もう少し付き合えよ」
立ち上がり、再び構える。
スカーの頬、脇腹、側頭部。僅かだが、確かに傷は増えていた。
「効いてねぇわけじゃない。だったら、倒れるまで殴りゃいい!」
――ドン!!
再び二人が激突する。
《灼王牙》の斬撃を一歩下がって躱し、右拳を返す。避けられれば左脚で脇腹を蹴り、返された刃は左の《灼獅》で受ける。
――ガァン!!
そのまま押し返し、右肘を顎へ。
「おらぁ!」
――ゴッ!!
続けて左の掌底。《灼獅》から熱が爆ぜる。
――ドゴォン!!
「まだまだぁ!」
拳だけではない。
肘。
膝。
脚。
頭。
使えるものは全部使う。
それでも、スカーは止まらなかった。
殴れば返される。蹴れば《灼王牙》が襲いかかる。避けた斬撃ですら、その熱だけで皮膚を焼いていく。
――ドゴッ!!
「ぐっ!」
――ガァン!!
「がぁっ!」
殴った数よりも、返ってくる数の方が多い。
「はぁ……はぁ……!」
脚が重い。《獅醒》で無理やり動かしているだけで、身体はとっくに限界へ近づいている。
それでもガオンは踏み込んだ。
「まだだ!」
右拳を振るう。
避けられる。
「なら!」
左膝を叩き込もうとした瞬間、スカーの手が脚を掴んだ。
「うおっ⁉︎」
そのまま身体が持ち上がる。
――ドゴォン!!
「がっ……!」
背中から石床へ叩きつけられ、肺から空気が抜けた。視界が一瞬だけ白く染まる。
その向こうから、スカーがゆっくりと歩いてくる。
赤熱した《灼王牙》の刃先が石床へ触れるたび、じゅう、と嫌な音が響いた。
「……はっ」
ガオンは笑った。
「やっぱ強ぇな……クソ親父」
腕を床につき、ゆっくりと身体を起こす。右腕は震え、左の《灼獅》も傷だらけだ。
「ガキの頃からずっと思ってた。いつか追いついて、いつか超えてやるって」
片膝を立てる。
そして、もう一度立ち上がった。
「でもよ……毒でこんなボロボロになってるお前にも、まだ届かねぇ」
悔しい。
腹が立つ。
それでも。
どこか嬉しかった。
昔から追い続けた背中が、こんな状態になってもなお、自分の前に立ちはだかっている。
「……やっぱ、俺のクソ親父だな」
「…………」
その瞬間。
スカーの瞳が、ほんの僅かに揺れた。
「……?」
今。
反応した?
「クソ親父?」
だが次の瞬間、《灼王牙》が振り上げられる。
「っ!」
考えている暇はない。
「《獅醒》!」
ガオンも踏み込んだ。
身体が悲鳴を上げる。
構うものか。
今だけ動けばいい。
「おらぁぁぁぁ!!」
《灼王牙》が振り下ろされる。
ガオンは紙一重で身体を捻り、赤熱した刃を外した。そのまま懐へ入り込む。
「もらった!」
右拳を腹へ。
――ゴッ!!
続けて左。
《灼獅》へ残った熱を一気に集める。
「っらぁぁ!!」
――ドゴォォン!!
熱を纏った一撃が、スカーの胸元へ叩き込まれた。
「……!」
スカーの身体が。
一歩。
さらに一歩。
初めて、明確に後ろへ下がった。
「…………!」
ガオンが目を見開く。
「……下がった」
効いた。
「はっ……!」
思わず笑みが零れる。
「やっと一歩かよ」
再び構える。
「なら、あと何歩でも下がらせてやる!」
その時だった。
「……?」
身体の奥で。
何かが。
僅かに脈打った。
熱ではない。
《獅醒》とも違う。
「なんだ……?」
右でも。
左でもない。
胸の奥。
そこからほんの一瞬、赤金色の光が身体の周囲へ漏れた。
「……⁉︎」
光はすぐに消えた。
だが。
確かにあった。
「今の……」
正面を見る。
スカーも、その光を見ていた。
「…………」
そして。
その口元が。
ほんの僅かに上がった。
「……⁉︎」
笑った。
確かに。
ガオンは見逃さなかった。
「……はっ」
こちらも笑う。
右拳を握り。
左腕の《灼獅》を構える。
「そうかよ。まだやれってか」
身体の奥。
先ほどの何かが。
もう一度だけ。
小さく脈打った。




