誇りを託す
◇◇◇
――王宮地下。
「火傷するなよ?」
ガオンが拳を構える。
その正面。
スカーは《灼王牙》を片手に、静かに立っていた。
「…………」
獅子の口から伸びる湾曲刃。
その根元が。
徐々に赤く染まっていく。
「来るガニ!」
「あぁ!」
――ドン!!
スカーが踏み込んだ。
「っ!」
速い。
ガオンが《獅醒》で身体を加速させる。
横へ。
刃を避ける。
――ブォン!!
「ぐっ……!」
当たっていない。
それでも。
通り過ぎた熱だけで頬が焼けた。
「熱っ……!」
「ガオン!」
ラバタが横から甲羅盾を構え。
「ガニィ!」
――ガァン!!
振り返した《灼王牙》を受け止めた。
「ぐぅぅぅっ!」
重い。
盾越しに。
ラバタの身体が何メートルも滑る。
「ラバタ!」
「今ガニ!」
「っらぁ!」
ガオンが懐へ飛び込む。
長柄。
なら。
ここまで近づけば。
「もらった!」
拳を振り抜く。
だが。
「…………」
スカーは柄を僅かに引いた。
「⁉︎」
――ゴッ!!
「ぐぁっ!」
石突きが。
ガオンの顎を跳ね上げた。
「がっ……!」
視界が揺れる。
そこへ。
今度は獅子頭そのものが。
――ドゴォン!!
「ぐっ!」
胸へ叩き込まれた。
ガオンが吹き飛ぶ。
地面を転がり。
どうにか片膝をついた。
「はぁ……っ」
口元から血が落ちる。
「武器の……全部使いやがる……」
「王の霊器ガニ」
ラバタが再び隣へ立つ。
「当然ガニ」
「分かってるよ……」
ガオンが立ち上がる。
「分かってるけどよ」
目の前。
痩せ細った父を見る。
「こんな状態で……これかよ」
スカーが《灼王牙》を持ち上げる。
「…………」
獅子の口内へ。
熱が集まる。
「ガオン」
「あ?」
「ちょっと嫌な感じするガニ」
「奇遇だな」
ガオンも。
同じだった。
今までとは違う。
熱が。
刃だけに集まっているのではない。
スカー自身の身体。
腕。
肩。
背。
全身から生まれた熱が。
《灼王牙》へ流れ込んでいく。
「…………」
ガオンの笑みが消えた。
「やべぇな」
「逃げるガニ?」
「間に合うと思うか?」
「思わないガニ」
「だよな」
獅子の双眸が。
真紅に染まった。
口内から。
白い熱が漏れる。
空気が。
歪む。
石床が。
音を立ててひび割れていく。
「……ラバタ」
「なんガニ」
「俺が避けたら」
「後ろ全部吹き飛ぶガニな」
「…………」
その先には。
地下へ続く通路。
さらに向こうには。
まだ王宮がある。
「受けるしかねぇか」
「二人でやるガニ」
「あぁ」
ラバタが甲羅盾を構える。
ガオンも。
その横で拳を握る。
《獅醒》。
体温を上げる。
さらに。
さらに。
「来い……父上!」
瞬間。
スカーが。
《灼王牙》を振り抜いた。
――――ゴォォォォォォォッ!!
「⁉︎」
刃から。
灼熱が解き放たれた。
炎ではない。
圧縮された。
純粋な熱。
それが。
巨大な奔流となって通路を呑み込む。
「ラバタ!!」
「ガニィィィィ!!」
甲羅盾。
ガオンの熱。
二人で。
受ける。
――ドゴォォォォォォォン!!
「ぐぅぅぅぅっ!!」
「っ……らぁぁぁぁ!!」
熱い。
熱い。
獅子座の加護を持つガオンですら。
皮膚が焼ける。
「押し……返せぇぇぇ!!」
だが。
無理だった。
「ガニ……!」
「⁉︎」
ラバタの足が。
一歩。
下がる。
「ラバタ!」
甲羅盾に。
亀裂。
一本。
二本。
「まず――」
――バキッ!!
「⁉︎」
大きく。
盾が割れた。
「ラバタ!」
「ガオン!!」
次の瞬間。
熱の奔流が。
二人を呑み込んだ。
「――――っ!!」
ガオンは。
死を覚悟した。
これは。
無理だ。
避けられない。
受けられない。
ここまでか。
目を閉じる。
「…………」
だが。
熱が。
来ない。
「……?」
ガオンが。
ゆっくり目を開いた。
「…………⁉︎」
目の前。
赤い背中。
「ラ……」
ラバタが。
立っていた。
盾は。
もうない。
自分の身体そのものを。
ガオンの前へ晒して。
灼熱を。
受け止めている。
「ラバタぁぁぁぁ‼︎」
――ドゴォォォォォン!!
熱が消える。
ラバタの身体が。
ゆっくりと。
後ろへ倒れた。
「ラバタ!」
ガオンが抱き止める。
「おい!」
「…………」
「ラバタ!」
「……はっ」
僅かに。
口元が動いた。
「これは……」
掠れた声。
「ちょっと……効いたガニ……」
「馬鹿野郎!」
ガオンが。
ラバタの身体を支える。
全身。
傷だらけ。
硬化していた甲殻も。
至るところが割れている。
「おい! しっかりしろ!」
「…………」
「なんで……!」
ガオンの声が震える。
「なんで俺なんか庇った!」
「……なんでって」
ラバタが。
薄く目を開く。
「カルキスは……」
「…………」
「俺は……」
震える手が。
ガオンの腕を掴んだ。
「王の盾ガニ」
「…………⁉︎」
「お前……」
ガオンが歯を食いしばる。
「馬鹿野郎……」
「はっ……はは……」
ラバタが。
弱々しく笑った。
「馬鹿は……お前ガニ……」
「喋るな!」
「ガオン……」
「喋んなって言ってんだろ!」
「……生きろ」
「…………」
ガオンの動きが止まった。
「お前が……生きて」
途切れ途切れに。
ラバタが言葉を繋ぐ。
「この国を……豊かにすることが……」
「…………」
「俺達の……誇りガニ」
カルキス。
戦いが減り。
役目が減り。
少しずつ。
国から取り残されていった一族。
それでも。
王家を守ってきた。
国を支えてきた。
「だから……」
ラバタの手から。
少しずつ。
力が抜けていく。
「俺達の誇りは……」
「やめろ……」
「お前に……託す……!」
「やめろって言ってんだろ!」
「…………」
ラバタが。
僅かに笑った。
「少し……」
目が閉じていく。
「休むガニ……」
「ラバタ!」
返事はない。
「…………」
ガオンは。
動かなかった。
腕の中。
ラバタは。
まだ息をしている。
弱い。
だが。
確かに。
「…………」
ガオンが。
ゆっくりと。
ラバタを地面へ寝かせた。
「誇り……」
俯く。
「そうか……」
血に濡れた拳が。
握られる。
「……ったく」
小さく。
笑った。
「勝手なこと言いやがって」
立ち上がる。
「その誇りは――」
スカーを見る。
「一旦、俺が預かる」
「…………」
「だがな、ラバタ」
肩越しに。
倒れた親友を見る。
「今の俺には……少し荷が重い」
国。
民。
一族。
家族。
その全部を。
一人で背負うなんて。
「だから――」
ガオンが拳を構える。
「二人で生きて」
身体から。
再び熱が立ち昇る。
「一緒に背負ってもらうぞ」
「…………」
スカーが。
《灼王牙》を構える。
ガオンは。
真正面から父を睨んだ。
「来い」
今度は。
父上とは呼ばなかった。
「クソ親父」
熱が。
身体の奥から。
今までとは違う形で。
溢れ始める。
「さっさと――」
ガオンが。
一歩踏み出した。
「終わらせるぞ」




