人体というのは面白い
光が弾けた。
セブランの右手に。
一振りの霊器が現れる。
細い。
異様なほどに。
剣というより。
長く引き伸ばした針。
銀黒の細身。
先端だけが鋭く研ぎ澄まされ。
柄には。
細い蛇が巻きつくような意匠が刻まれている。
「…………」
アルトが《砕》を握り直す。
先ほどまでとは違う。
ただ立っているだけなのに。
セブランから感じる圧が。
明らかに増していた。
「……それが」
「あぁ」
セブランが《蛇針》を持ち上げる。
「私の霊器だ」
切っ先が。
アルトへ向いた。
「《蛇針》」
「…………」
「安心したまえ」
セブランの目が細くなる。
「すぐには終わらせない」
「……!」
――ドン!!
消えた。
「速っ――」
正面。
《蛇針》の切っ先。
「っ!」
アルトが《砕》を立てる。
――キィン!!
弾いた。
「……?」
いや。
弾いた。
そう見えた。
「アルト君」
声。
真横。
「⁉︎」
――ズッ!
「ぐっ!」
左肩。
細い刃が突き刺さる。
「くそっ!」
《砕》を横薙ぎ。
――ブォン!!
セブランが離れる。
肩から。
血が流れた。
「……浅い!」
まだ動く。
アルトが踏み込む。
「《砕衝》!」
――ドゴォン!!
石床が砕ける。
外れた。
「そこじゃない」
「っ!」
――シュッ!
「ぐぅっ!」
今度は。
右の太腿。
焼けるような痛み。
だが。
一瞬だけ。
「……?」
痛みが。
薄れた。
「なんだ……?」
「余所見をするな」
「⁉︎」
――ゴッ!!
頬へ拳。
「がっ!」
アルトがよろめく。
そこへ。
《蛇針》。
――ズッ!
「ぐ……!」
脇腹。
「このっ!」
アルトが《砕》を振るう。
セブランが下がる。
さらに追う。
――ブン!!
外れる。
「《砕旋》!」
「……!」
アルトは止まらない。
身体ごと回転。
《砕》が。
広い範囲を一気に薙ぐ。
――ブォォォン!!
「チッ!」
セブランが大きく後退した。
刃先が。
僅かに服を掠める。
「やっぱり……」
アルトが息を吐く。
「広くやれば……当たる!」
「…………」
セブランの表情が。
さらに険しくなる。
「なら」
《蛇針》を低く構える。
「振れなくしてやる」
「……は?」
――ドン!!
「⁉︎」
今度は。
真正面。
「来い!」
アルトが《砕》を振り上げる。
その腕へ。
銀色の線。
――ズッ!
「ぐっ!」
右腕。
肘の少し上。
「まだ――」
振るう。
だが。
「……っ⁉︎」
一瞬。
腕から力が抜けた。
《砕》の軌道が落ちる。
「な……」
そこへ。
セブランの蹴り。
――ドゴッ!!
「がぁっ!」
アルトが床を転がった。
「何……した……」
「別に」
セブランは淡々と答える。
「少し傷つけただけだ」
「…………?」
「人体というのは面白い」
肩。
腕。
脚。
セブランが。
《蛇針》の切っ先で順番に示す。
「同じ場所を刺したところで、結果は全く違う」
「…………」
「指一本動かしづらくする場所」
「腕から力が抜ける場所」
「踏ん張れなくなる場所」
セブランが。
自分の首筋を指差した。
「呼吸すら苦しくなる場所」
「……っ」
「私は十五年」
一歩。
水面を踏む。
「人の身体を学んだ」
もう一歩。
「治すためにな」
「…………」
「だから当然」
《蛇針》を構える。
「壊し方も知っている」
――シュッ!!
「っ!」
アルトが後ろへ跳ぶ。
避けた。
今度こそ。
確実に。
距離を取った。
はずなのに。
「……え?」
足が。
崩れた。
「ぐっ!」
片膝をつく。
見る。
左脚。
いつの間にか。
血が流れている。
「いつ……」
「さぁ?」
セブランが笑う。
「君は避けたんだろう?」
「…………!」
「なら」
ゆっくり。
近づいてくる。
「その傷は何なんだろうな」
「くそっ……!」
アルトが立つ。
《砕》を杖代わりにして。
どうにか踏ん張る。
「まだ……」
両手で握る。
「まだやれる!」
「…………」
「《砕衝》!」
――ドゴォン!!
振り下ろす。
セブランが避ける。
アルトは止めない。
「《砕旋》!」
――ブォォォン!!
回転。
広範囲。
「同じことを!」
セブランが後ろへ下がる。
「二度も!」
そのはずだった。
だが。
アルトの目には。
セブランが右へ避けたように見えた。
「そこだ!」
軌道を変える。
「……馬鹿」
「⁉︎」
本物は。
左。
――ズッ!!
「ぐっ⁉︎」
《蛇針》が。
右肩へ深く入った。
「がぁっ!」
《砕》が手から離れる。
――ガランッ!!
「……!」
アルトが。
慌てて拾おうとする。
その手を。
――ゴッ!!
「ぐっ!」
セブランが踏みつけた。
「離せ!」
「まだ分からないのか」
さらに。
強く踏む。
「ぐ……!」
「君は」
セブランが見下ろす。
「私がどこにいるのか分からない」
「…………」
「どこから攻撃されているのかも」
「…………」
「自分が傷ついたことすら」
一瞬。
セブランの声が止まった。
「正しく理解できない」
「……何?」
アルトが顔を上げる。
セブランは答えない。
足を退ける。
「拾え」
「…………」
「まだ戦うんだろ?」
「……当たり前だ」
アルトが《砕》を拾う。
立ち上がる。
肩。
脇腹。
腕。
脚。
傷は増えている。
それでも。
妙だった。
痛い。
確かに痛い。
だが。
動けないほどではない。
「はぁ……はぁ……」
アルトが。
再び構える。
「まだ……いける」
「…………」
セブランは何も言わない。
ただ。
《蛇針》を構えた。
「今度こそ……」
アルトが一歩踏み出す。
――ピチャ。
「…………?」
足元。
浅く張られた水。
何かが。
赤く滲んだ。
だが。
アルトは。
それに気づかなかった。
もう。
継承の間の水は。
彼が思っている以上に。
赤く染まり始めていた。




