世界に絶望しちゃいない
◇◇◇
――継承の間。
「《砕衝》!」
アルトが踏み込み。
《砕》を振り抜く。
――ドゴッ!!
「残念」
「⁉︎」
手応えがない。
確かに目の前にいたはずのセブランを。
《砕》は虚しく通り抜けた。
その直後。
「ぐわっ!」
腹へ蹴りが突き刺さる。
アルトの身体が浮き。
浅く水の張った床を何度も転がった。
「ぐっ……くそっ……!」
すぐに起き上がり。
《砕》を支えに立ち上がる。
「当たんねぇ!」
「ふむ」
セブランは顎へ手を添え。
感心したようにアルトを眺めていた。
「見えているものは無視して、その近くを攻撃するか」
「…………」
「中々面白い」
最初は。
見えているセブランを狙った。
だが。
それでは当たらない。
ならば。
セブランが見えている場所から少しずらして攻撃する。
アルトなりに考えた。
だが。
「それも――」
セブランが一気に距離を詰める。
「何の意味もない」
拳。
「っ!」
アルトは顔を逸らした。
避けた。
確かに。
目の前を拳が通り過ぎるのを見た。
――ゴッ!!
「がっ⁉︎」
頬へ衝撃。
「な……」
避けた。
はずだった。
理解するより先に。
セブランの脚が跳ね上がる。
――ドゴッ!!
「ぐっ!」
蹴りが顔面へ入る。
アルトの身体が仰け反った。
「何の意味もないと言っただろう?」
「……っ」
「私の位置を疑う」
セブランが拳を握る。
「いいだろう」
もう一歩。
「なら次は――」
拳がアルトへ迫る。
「自分が避けたという感覚を疑うのかい?」
「⁉︎」
――ゴッ!!
「ぐぁっ!」
右。
左。
腹。
胸。
避ける。
そのはずなのに。
当たる。
防ぐ。
そのはずなのに。
拳が身体へ突き刺さる。
――ドッ!
――ガッ!
――ゴッ!!
「ぐっ……がっ……!」
何が本当で。
何が間違っているのか。
分からない。
見えている拳を避けても当たる。
見えていない場所から蹴りが飛んでくる。
「ふぅ……」
セブランが息を吐いた。
「もう分かっただろ?」
「…………」
「君は勝てないよ」
「……うるさい」
「そうか」
セブランの表情から。
笑みが消える。
「じゃあ――」
一気に踏み込んだ。
「ここで死ね」
「っ!」
――ドゴッ!!
「ぐっ!」
拳。
――ガッ!!
「がぁっ!」
蹴り。
――ゴッ!!
「ぐぅっ!」
肘。
拳。
膝。
アルトは必死に身体を動かす。
それでも。
全ての攻撃が当たる。
「……っ」
アルトの足がよろめく。
「…………」
セブランが眉を寄せた。
「頑丈だな、君は」
「……へへ」
「あ?」
アルトが。
切れた口元を手の甲で拭う。
「まだまだ!」
《砕》を構え直した。
「こんなもんじゃねぇ!」
「…………はぁ」
セブランが。
心底呆れたように息を吐く。
「学習しないな」
「《砕衝》!」
「また同じ技か」
アルトが。
真正面から《砕》を振り抜く。
「何度やっても――」
――ブンッ!!
外れた。
やはり。
そこにセブランはいない。
「残念だったな」
セブランが踏み込む。
振り抜いた直後。
隙だらけになったアルトへ。
手を伸ばす。
「これで――」
「《砕旋》!」
「⁉︎」
アルトは。
《砕》を止めていなかった。
《砕衝》を振り抜いた勢い。
そのまま。
身体を回す。
――ブォォン!!
《砕》が。
アルトを中心に大きな円を描いた。
「チッ!」
セブランが咄嗟に身体を引く。
だが。
アルトへ攻撃するため。
すでに間合いへ踏み込んでいた。
――シュッ!
「……っ」
僅かな音。
セブランの服が裂ける。
その脇腹に。
細い赤い線が走った。
「…………」
「⁉︎」
アルトが目を見開く。
「今……」
セブランが。
脇腹へ手を当てた。
「かすったよな?」
「…………」
指先に。
僅かな血が付く。
「……クソガキが」
「よし!」
アルトの顔が一気に明るくなった。
「当たるなら勝てる!」
「…………」
「場所が分かんなくても、近く全部攻撃すりゃ――」
「まぐれに喜んでんじゃねぇよ!」
「⁉︎」
――ドゴォッ!!
「ごっはぁ⁉︎」
拳が。
腹へ深く突き刺さる。
「ぐ……っ!」
アルトの身体が折れた。
下がった頭を。
セブランが片手で掴む。
「調子に――」
膝を。
思い切り跳ね上げた。
――ゴッ!!
「がっ!」
「乗るな!」
そのまま胸ぐらを掴み。
引き寄せる。
「⁉︎」
――ゴン!!
額と額。
頭突き。
「ぐぁっ!」
アルトの身体が倒れる。
――バシャッ!!
「はぁ……はぁ……」
セブランも。
僅かに肩で息をしていた。
「調子に乗りやがって……」
「…………」
アルトは。
仰向けになったまま天井を見る。
「……お前」
「あ?」
「めちゃくちゃ強いな……」
「…………」
セブランの眉間に。
深い皺が寄った。
「あぁん⁉︎」
「?」
「だから俺の能力は――」
「いや」
「……あ?」
アルトが。
ゆっくりと身体を起こす。
「能力じゃなくて」
「…………」
「体術とか」
ふらつきながら。
立ち上がる。
「すげぇ頑張ったんだなって」
「…………」
「まぁ」
《砕》を肩へ担ぐ。
「力比べなら俺の方が強いけど」
「…………」
沈黙。
セブランのこめかみが。
ぴくりと動いた。
「……立て」
「言われなくても立つよ」
「…………」
「もう立ってるし」
「テメェ……」
セブランの声が。
低くなる。
「初めて会った時から……」
拳が強く握られた。
「虫唾が走るんだよ」
「……?」
「人の治療に勝手に首突っ込んで!」
アルトの表情が変わる。
「友達だから?」
一歩。
「友達の国だから守る?」
さらに。
一歩。
「出来もしねぇ理想を!」
セブランの声が。
継承の間へ響き渡る。
「当たり前みてぇにほざきやがって!」
「…………」
「何も知らねぇくせに!」
故郷。
家族。
人を信じること。
未来を信じること。
かつて。
セブラン自身も。
それを持っていた。
「お前みたいな奴が……!」
セブランの顔が歪む。
「一番ムカつくんだよ!」
「…………」
アルトは黙って聞いていた。
そして。
「理想だからだろ」
「……あ?」
「理想だから語るんだろ」
《砕》を握る。
「出来てないから」
「…………」
「まだ届いてないから」
真っ直ぐ。
セブランを見る。
「そうなったらいいって言うんだ」
「…………」
自分と精霊。
きっと。
簡単には分かり合えない。
アルトは旅をして。
少しずつ。
それが分かってきた。
それでも。
「理想を語れないほど――」
アルトの瞳は。
真っ直ぐだった。
「俺は世界に絶望しちゃいない!」
「…………!」
セブランの顔から。
完全に笑みが消えた。
「……そうか」
右手を開く。
光が。
その掌へ集まり始める。
「なら――」
細く。
鋭い何かが。
ゆっくりと形を成していく。
「理想に溺れて死ね!」
セブランが。
それを握った。
「――《蛇針》!」
光が弾けた。




