俺の後輩
「殺すつもりなら、今ので終わっていた。」
男がゆっくりと歩み寄ってくる。
ヒルトは咳き込みながら、震える銃口を持ち上げた。
「……それは、どうも。」
口の端から血が垂れる。
「加減していただいて……。」
「もう立てまい。」
「そうですね……。」
ヒルトは苦しそうに笑った。
「僕は、もう無理かもしれません。」
男がヒルトの横を通り過ぎようとする。
向かう先は、アルトたちが逃げた方向だった。
「でも……。」
ヒルトは右手の引き金を引いた。
銃声。
弾丸は男ではなく、その進路上の地面へ突き刺さる。
「まだ、通すとは言ってませんよ。」
男が足を止めた。
振り返り、満身創痍のヒルトを見つめる。
その口元が、なぜか僅かに緩んだ。
嘲笑ではない。
ほんの少しだけ、嬉しそうに口角を上げている。
「お前も……なかなかいいぞ。」
「……褒められるタイミングじゃ、ないですよね。」
ヒルトの声は震えていた。
男は答えず、《裂兎》を握る腕を後ろへ引いた。
腰を落とす。
半身となり、その剣先を真っ直ぐヒルトへ向けた。
構えには、一寸の乱れもない。
「――《瞬点風》」
次の瞬間。
《裂兎》が突き出された。
それは、何千、何万と繰り返されてきたであろう突きだった。
踏み込み。
腰の回転。
肩から肘、手首、そして剣先へと伝わる力。
そのすべてが、一寸の淀みもなく繋がっている。
速いという言葉だけでは足りない。
死が目前まで迫っているにもかかわらず、見惚れてしまいそうになるほど完成された一撃だった。
《裂兎》の剣先へ、周囲の風が一点に集まっていく。
木々が軋み、地面の枯れ葉が一斉に舞い上がった。
回避は間に合わない。
防御もできない。
触れた瞬間、身体ごと貫かれる。
ヒルトは、初めて確かな死を感じた。
――ああ。
フィリアは、助かっただろうか。
アルトなら、きっと隊長の所まで運んでくれる。
できることなら。
痛くないといいな。
ヒルトは力を抜き、静かに目を閉じた。
風を裂く音が、目前まで迫る。
「おいおい。」
聞き覚えのある、軽い声がした。
「俺の後輩、いじめんなよ。」
甲高い衝突音が、森へ響き渡った。
鋭い風がヒルトの頬を掠める。
だが、いつまで待っても刃は身体へ届かない。
恐る恐る目を開く。
目の前に、一人の青年が立っていた。
無造作な黒髪が、吹き荒れる風に揺れている。
光の角度によって幾つもの色彩を浮かべる瞳は、いつもの軽薄な笑みとは対照的に、鋭く男を捉えていた。
「……セリオさん?」
「よく頑張ったな、ヒルト。」
セリオ・バルディアは振り返らない。
男の《裂兎》を受け止めたまま、僅かに笑った。
「ここからは、先輩に任せとけ。」




