非力な弾丸
アルトたちの姿が、木々の向こうへ消えていく。
ヒルトはそれを見届けると、《ツインコード》を構え直した。
二丁の銃口が、男を捉える。
膝は震えていた。
「……さて、いつまでもつかな。」
森の中に、短い沈黙が落ちる。
男はすぐに追おうとはしなかった。
細身の片刃剣《裂兎》を下げたまま、震えるヒルトを静かに見据えている。
「逃げなくていいのか?」
「逃げたいですよ。」
ヒルトは引きつった笑みを浮かべた。
銃を握る指も、呼吸も、まるで言うことを聞いてくれない。
「でも、僕まで逃げたら……追いかけるでしょう?」
「当然だ。」
「なら、ここにいるしかないじゃないですか。」
男の目が僅かに細められた。
ヒルトは両手の《ツインコード》へ意識を集中させる。
魔器に刻まれた射出術式へ、二つの術式を重ねていく。
「固有術――《重式》」
銃声が森を揺らした。
右の銃口から放たれた弾丸を、男は首を傾けるだけでかわす。
弾丸は背後の木へ突き刺さった。
ヒルトは続けて引き金を引く。
二発。
三発。
四発。
男はそのすべてを、最小限の動きで避けていく。
一発は足元へ。
一発は右後方の木へ。
さらに一発は《裂兎》で弾かれ、左側の岩へ食い込んだ。
「銃を使う割には、随分と狙いが甘いな。」
「……すみません。手が震えてるので。」
ヒルトは乾いた笑みを浮かべる。
それは嘘ではない。
実際、照準は何度も揺れていた。
だが、弾丸を撃ち込んだ位置だけは正確に覚えている。
右後方。
左側。
足元。
退路。
男を囲むように、十分な数が揃っていた。
ヒルトはゆっくりと息を吐く。
「……そろそろ、いいかな。」
男の足が止まった。
「何?」
ヒルトは二丁の《ツインコード》を胸元で交差させる。
「《遅延》――解除。」
木々や地面へ食い込んでいた弾丸が、一斉に淡い光を放った。
「《捕縛》!」
着弾地点から、半透明の帯が次々と伸びる。
一本が男の右腕へ巻きついた。
もう一本が左脚を捉える。
背後から伸びた帯が胴体を締め上げ、岩に残された術式が《裂兎》を持つ腕へ絡みつく。
幾重もの帯が異なる方向から引き絞られ、男の身体をその場へ縫い止めた。
風が止む。
男は自分へ巻きついた帯へ目を落とした。
その顔に、初めて僅かな驚きが浮かぶ。
「……なるほど。」
「外したんじゃないんですよ。」
ヒルトは震える銃口を男へ向け直した。
「外してたんです。最初から。」
「面白い。」
男が小さく息を吐く。
次の瞬間、足元から風が巻き上がった。
細かった風は瞬く間に勢いを増し、男を中心に激しい渦を作り出す。
半透明の帯が大きく揺れた。
「え。」
ヒルトの口から、間の抜けた声が漏れる。
風が弾けた。
拘束の帯が一本ずつ引き千切られ、淡い光の破片となって消えていく。
最後に《裂兎》へ絡んでいた帯が裂けた。
男は自由になった腕を軽く動かす。
「で?」
《裂兎》の剣先が、ゆっくりとヒルトへ向けられた。
「次はどうする?」
ヒルトは数秒、黙り込んだ。
銃を握る手の震えが、さらに大きくなる。
「……ですよねぇ。」
一歩だけ後ろへ下がる。
「これで終わってくれたら、助かったんですけど。」
「惜しかったな。」
「そう思ってる顔には見えませんよ。」
「少しは驚いた。」
「少しですか。」
「ああ。」
「……褒められた気がしないなあ。」
男は《裂兎》を下げたまま、静かに告げる。
「面白い戦い方だ。」
その目が、ヒルトを真っ直ぐに捉えた。
「だが、非力だ。」
ヒルトの笑みが僅かに引きつる。
「手厳しいですね……。」
「もっと殺す気で来い。」
刹那。
風が爆ぜた。
男の姿が、ヒルトの視界から消える。
地面を蹴った音すら、遅れて届いた。
「――っ!」
気づいたときには、男はヒルトの目の前にいた。
たった一足。
それだけで、二人の間にあった距離を消し去っている。
《裂兎》の刃が、ヒルトの喉元へ添えられた。
冷たい刃先が皮膚へ触れ、薄く血が滲む。
「……貴様が死ぬぞ?」
「⁉︎」
ヒルトの呼吸が止まった。
反射的に引き金へ指をかける。
だが、それよりも早く、男の膝が腹部へ突き刺さった。
「がっ……!」
衝撃と同時に、風が弾ける。
ヒルトの身体が地面から浮き、木々の間を一直線に吹き飛ばされた。
背中から太い幹へ叩きつけられる。
鈍い音が響いた。
「か、は……っ」
肺から空気が抜ける。
身体が幹から滑り落ち、膝から地面へ崩れた。
息を吸おうとするたび、胸の奥に鋭い痛みが走る。
左腕にも力が入らない。
額から流れた血が、片方の目へ入り込んだ。
それでもヒルトは、右手の《ツインコード》だけは手放さなかった。




