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精霊達の忘れ物  作者: 粉砕のじゅんこ
星詠国家ルミナス クーデター編

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死んじゃやなのに


 ――王宮内。


「……何だ、これ」


 ナーラは足を止めた。


 目の前に広がる部屋。


 壁。


 床。


 柱。


 至るところに。


 細い何かが突き刺さったような跡が残っている。


「…………」


 ナーラはその一つへ近づき。


 指先でなぞった。


「この大量の刺し跡……」


 細く。


 深い。


 見覚えがある。


「リシェルの《射恋》だな?」


 視線を巡らせる。


 それだけではない。


 壁には焼け焦げた跡。


 天井には煤。


 さらに。


 部屋の外壁には。


 人が通るどころではない巨大な穴が空いていた。


「んで……こっちの焦げは」


 ナーラが眉を寄せる。


「ガオンか」


 つまり。


 ここで。


 ガオンとリシェルが戦った。


「……マジでやり合ったのかよ、あいつら」


 舌打ちしながら。


 ナーラは部屋の中を歩く。


 その時。


「ん?」


 近くに置かれた長椅子。


 その上に。


 丸められた衣類が置かれていた。


「…………」


 ナーラが近づく。


 衣類の上。


 僅かに残っている。


 数本の。


 淡い金色の髪。


「……!」


 拾い上げる。


「ジルの毛だ!」


 間違えるはずがない。


 ナーラの顔が一気に変わる。


「馬鹿ガオンめ……ジルを見つけてたのか!」


 先ほど会った。


 ロイドという男の話を思い出す。


 ガオンは。


 王宮から飛び降りたらしい。


「飛び降りた……?」


 ナーラが。


 ゆっくりと。


 壁に空いた大穴を見る。


「…………」


 近づき。


 下を覗き込む。


 遥か下。


 地面が見えた。


「まさか……」


 眉間に皺が寄る。


「ジル抱えて飛び降りたんじゃねぇだろうな……」


 額に青筋。


「あいつ……ジルの身に何かあったら叩き潰す!」


 そう吐き捨て。


 もう一度。


 下を見る。


「…………」


 かなり高い。


「高ぇな」


 一歩。


 後ろへ下がる。


 右手を開く。


「――《獅后》」


 光が集まり。


 巨大な戦鎚が姿を現した。


「はっ!」


 ナーラが。


 大穴から飛び降りる。


 身体が一気に落下していく。


 風が耳元を切り裂き。


 地面が。


 みるみる近づく。


「うぉらぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」


 《獅后》を振り上げ。


 地面へ。


 全力で叩きつける。


 ――ドゴォォォォォォォン!!


 石床が陥没。


 衝撃が周囲へ走り。


 大量の砂埃が舞い上がった。


「…………」


 その中心。


 ナーラがゆっくりと立ち上がる。


 肩へ《獅后》を担ぎ。


「さーて……」


 周囲を見渡した。


「どこ行った」


 火災。


 倒壊。


 崩れた壁。


 だが。


 王宮から少し離れた場所には。


 比較的被害の少ない建物も残っている。


「…………」


 ナーラの視線が。


 そちらへ向いた。


(ジルを連れたまま歩き回るなんてありえねぇ)


 それに。


 あの時。


 ジルには侍女もついていたはず。


(ガオンなら……)


 ナーラは。


 弟の性格をよく知っている。


(ジルを安全な場所へ隠してから、好き勝手暴れる)


「…………」


 口元が僅かに引きつる。


「だったら……こっちだな!」


 駆け出す。


 瓦礫を飛び越え。


 燃える建物の脇を走り抜ける。


(にしても……)


 走りながら。


 ナーラは周囲を見る。


(この規模の火災に気づかなかっただと?)


 ロイドの話。


 国境から見た王宮には。


 異常などなかった。


 近づいて初めて。


 この惨状に気づいた。


「ありえねぇだろ……」


 さらに。


 さっきの部屋。


 《射恋》の跡。


 ガオンの熱。


 明らかに。


 二人は本気で戦っている。


(リシェルまで……)


「チッ!」


 ナーラが歯を食いしばる。


「一体どうなってやがるんだ!」


 そのまま。


 しばらく走り続ける。


 そして。


「…………?」


 足が止まった。


 比較的。


 倒壊の少ない一軒の建物。


 その中から。


 微かに。


 声が聞こえる。


「……ぅ……」


 泣き声。


「…………!」


 ナーラの目が見開かれた。


 聞き間違えるはずがない。


「ジル⁉︎」


     ◇◇◇


 ――少し時間を戻す。


 王宮の外。


 ガオンがジルを預けた建物。


「あぁ……」


 私は。


 頭を抱えていた。


「どうすれば……」


 ガオン様と別れてから。


 どれくらい経ったのだろう。


 私。


 ウェラ・レオジャックは。


 長椅子の横で。


 完全に項垂れていた。


「ここにいれば……いいんですよね……?」


 ガオン様には。


 ここから動くなと言われた。


 それは分かっている。


 分かっているのだけれど。


 ――ドォン……!


「ひぃっ!」


 遠くから。


 何かがぶつかる音。


 ――ダダダダッ!


 今度は。


 建物の外を走っていく複数の足音。


「…………」


 嫌だ。


 怖い。


「なぜ……こんなことに……」


 膝を抱える。


 思えば。


 私みたいな人間が。


 王宮に仕えていること自体。


 おかしかったのかもしれない。


 レオジャック家。


 獅子座を戴く王家。


 レオニス家から。


 遥か昔に枝分かれした分家の一つ。


 一応。


 本当に一応だけれど。


 私にも王族の血が流れている。


 とはいえ。


 何代も何代も離れた。


 薄ーい。


 薄ーい血だ。


 王位なんてもちろん関係ない。


 私自身だって。


 王族らしい威厳なんて欠片もない。


 幼い頃から。


 よく転び。


 よく物を落とし。


 何もないところで躓いて。


 家族からも。


『ウェラ、本当にお前はレオジャック家の娘なのか?』


 なんて。


 何度言われたことか。


 それでも。


 分家として。


 王家に仕えることになり。


 気づけば私は。


 ジル様のお側にいる。


「…………」


 眠っている小さな少女を見る。


「私に務まるんでしょうか……」


 今さらすぎる。


 普段ならともかく。


 謀反。


 火災。


 戦闘。


 どれもこれも。


 私の人生には必要なかった。


「はぁぁぁ……」


 深い溜息。


「実家に帰りたいよぉ〜……」


「……ん」


「…………?」


「うーん……」


「⁉︎」


 ウェラは。


 勢いよく顔を上げた。


「ジル様⁉︎」


 長椅子の上。


 小さな身体が動く。


「ジル様! 目が覚めましたか!」


「……んぅ……」


 ジルがゆっくり目を開く。


 寝ぼけた顔で。


 周囲を見渡した。


「……ここ……どこ?」


「ここは……」


 どう説明すればいいのだろう。


「安全な場所です!」


 たぶん。


「…………」


 ジルが。


 ぼんやりとウェラを見る。


「おにぃたまは?」


「…………」


 胸が詰まる。


「ガオン様は……今はいません」


「おねぇたまは?」


「ナーラ様も……いません」


「…………」


 ジルの顔が。


 少しずつ不安そうになっていく。


「……パパ上は?」


「…………」


 答えられない。


「……分かりません」


「…………」


 ジルが。


 ゆっくり身体を起こした。


「探しに行く」


「⁉︎」


 ウェラが慌てて肩を掴む。


「なりません!」


「いや!」


「ジル様!」


「みんな探しに行く!」


「今はなりません!」


「なんで!」


「外は危険なんです!」


「…………」


 ジルの動きが止まる。


「きけん……?」


「…………」


「おにぃたまと……」


 小さな指が震える。


「おねぇたまと……パパ上」


 ウェラを見る。


「危ないところにいるの?」


「…………」


 何も言えない。


「……分かりません」


「…………」


 俯く。


「危ないところ……」


 ぽつり。


「行っちゃいけないのに……」


「ジル様?」


「だって……」


 ジルの目に。


 涙が溜まる。


「ママ上……」


「…………!」


「危ないところで……死んじゃったのに……」


 胸を。


 掴まれたような気がした。


「…………」


 六年前。


 ルミナスを襲った。


 大規模な土砂崩れ。


 大量の土砂が。


 王宮と。


 その周辺に暮らす人々を呑み込もうとした。


 タウルス族が。


 命を懸けて。


 その土砂を食い止めた。


 けれど。


 全ての命を。


 守れたわけではない。


 当時の王妃。


 ナリエラ・レオニス。


 彼女は。


 王宮に留まらなかった。


 誰よりも早く。


 民の避難へ向かった。


 王妃だから。


 安全な場所へ逃げることだってできた。


 それでも。


 ナリエラ様は。


 最後まで民を逃がそうとした。


 そして。


 帰ってこなかった。


「…………」


 当時。


 ジル様は。


 まだ産まれて間もなかった。


 きっと。


 母親の顔すら。


 ほとんど覚えていない。


 それでも。


 家族から聞いた話は。


 ずっと。


 小さな胸に残っていたのだ。


「死んじゃやのに……」


 ぽろっ。


 涙が落ちる。


「みんな……危ないところ行っちゃう……」


「ジル様……」


「いやぁ……」


 顔をくしゃくしゃにして。


「うっ……うわぁぁぁん!」


「⁉︎」


「死んじゃやなのにぃ……!」


 ウェラは。


 咄嗟に。


 ジルを抱きしめた。


「わぁぁぁん! わぁぁぁん!」


「大丈夫です!」


 強く。


 小さな身体を抱く。


「大丈夫です……!」


 何の根拠もない。


 ガオン様が無事なのか。


 ナーラ様はどこにいるのか。


 スカー王はどうなっているのか。


 何一つ。


 分からない。


 それでも。


 今の私が。


 この子へ言えることは。


 それしかなかった。


「大丈夫です……皆様、きっと――」


「ジル!!」


「…………⁉︎」


 外から。


 聞き覚えのある。


 大きな声。


「…………」


 ジルが泣くのを止める。


「……おねぇたま?」


「ナーラ様……?」


 次の瞬間。


 ――ドン!!


 建物の扉が。


 勢いよく開いた。


「ジル!」


「おねぇたまぁぁぁぁぁ!!」


 ジルが。


 ウェラの腕を抜け。


 ナーラへ向かって駆け出した。

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