セブラン・レピオス
「そこで私は、一人の男と出会った」
セブランの表情が僅かに変わる。
「――セト・スコルネ」
「…………!」
アルトの目が見開かれた。
「そう!」
セブランが両腕を広げる。
「忌々しい――スコルネ族だ!」
だが。
すぐに。
その笑みが少し薄れる。
「……まぁ。当然その時の私は、レピオスとスコルネの因縁など何も知らなかったがね」
初めてセトを見た時。
奴は一人の怪我人を治療していた。
傷口へ薬草を塗り。
血を止めるために布を強く巻いていた。
「だが、私には一目で分かった」
傷は深い。
血も止まりきらない。
「そんな処置では助からない。縫合が必要だ、とね」
気づいた時には。
身体が動いていた。
「私はセトを押しのけていたよ」
そして周囲へ叫んだ。
糸。
針。
酒。
縫合に必要な物を。
片っ端から用意させた。
「セトは目を見開いていた」
突然現れた少年が。
迷いなく傷を洗い。
糸を通し。
傷口を縫い始めたのだから。
「そして奴は――」
セブランが目を細める。
「こう呟いた」
『レピオス……?』
「…………」
「驚いたよ」
なぜ。
自分の名を知っているのか。
「だが、それ以上に嬉しかった」
セブランの声に。
僅かな熱が戻る。
「故郷の地で!」
「私達の名を知る者がいたんだ!」
長い間。
誰にも知られなかった名。
母が残した。
自分へ繋がる唯一の名。
「私はようやく故郷へ帰ってきたんだと……そう思った」
だが。
「セトは続けてこう言った」
セブランの表情が冷える。
『滅ぼされた血……』
「…………」
「意味が分からなかった」
治療を終えると。
セトはセブランを人目のない場所へ連れていった。
そして。
問い詰めた。
なぜルミナスにいる。
どこから来た。
どうしてレピオスを名乗っている。
「最後には――」
『ここではレピオスは生きられない』
『早くこの国から逃げろ』
「…………」
セブランの声が強くなる。
「意味が分からなかったよ!」
ここは。
母が帰りたいと願った場所。
幼い頃から。
どれだけ苦しんでも目指し続けた場所。
「故郷なんだ!」
「ようやく辿り着いたのに!」
それなのに。
なぜ。
また追い出されなければならない。
「私は拒否した」
ルミナスからは出ていかない。
ここで生きる。
「するとセトは言った」
『ならばレピオスと名乗るな』
そして。
『今後は――スコルネと名乗れ』
「皮肉なものだろう?」
セブランが笑う。
「レピオスの人間が、この国で生きるためにスコルネを名乗るんだ」
それでも。
その名は役に立った。
「私はその後、しばらくセトの助手をしていた」
薬草を運び。
患者を診る。
セトからは薬と毒について学び。
セブランは外科の知識を使って治療を手伝った。
「……今思えば」
セブランの視線が僅かに遠くなる。
「あの頃は、それなりに楽しかったのかもしれないな」
「…………」
アルトは地面へ押さえつけられたまま。
セブランを睨む。
「だが――」
ある日。
全てが変わった。
「セトがいない時、私は奴の部屋へ入った」
目的は。
ただ医学書を探すためだった。
そこで。
「一冊の古い本を見つけた」
セブランの声が低くなる。
「見覚えがあった」
幼い頃。
母を埋葬した後。
家中を探し回って見つけた。
あの古本。
「母が持っていたものと――同じ本だった」
だが。
違いがあった。
「セトの持っていた本は、状態が良かった」
文字が残っている。
頁も欠けていない。
幼い頃。
読めなかった部分まで。
全て。
読むことができた。
「そこには――」
セブランの笑みが消える。
「ルミナスの歴史が書かれていた」
十三の星座。
蛇遣い座。
レピオス族。
スコルネ族と共に。
この国の医療を支えていた一族。
そして。
「レピオス族の終わりまで――全てだ!」
「…………!」
不老不死を求めた王。
その命令へ。
もうすぐ完成すると答え続けたスコルネ。
対して。
不老不死など存在しないと。
死は自然の摂理だと。
正直に答えたレピオス。
そして。
王の怒りによって。
滅ぼされた一族。
「私はそこで初めて知った!」
なぜ母が。
故郷へ帰りたいと言ったのか。
なぜセトが。
レピオスと聞いて顔色を変えたのか。
なぜ。
自分にこの国から出ていけと言ったのか。
「セトは知っていた!」
セブランが叫ぶ。
「私が何者なのか!」
「レピオスが何をされたのか!」
「全部だ!」
「…………」
「それなのに――」
レピオスを名乗るな。
スコルネを名乗れ。
ここから逃げろ。
「奴は何も教えなかった」
セブランが自嘲するように笑う。
「私はようやく帰ってきたと思っていた」
故郷へ。
母が帰りたかった場所へ。
「だが、この国にとって私は――」
一度。
歴史から消した。
過去。
「存在してはいけない人間だったんだ」
そして。
問題はそれだけではなかった。
「突然現れた人間がスコルネを名乗れば、当然不審に思う者もいる」
どこの家の者だ。
親は誰だ。
なぜ今まで姿を見たことがない。
調べられれば。
偽りなどすぐに綻ぶ。
「結局――」
セブランが息を吐く。
「私はルミナスを追いやられた」
ようやく辿り着いた。
故郷から。
再び。
外へ。
「それから十五年」
セブランがゆっくりと腕を広げる。
「私は様々な国を渡った」
医術を学んだ。
武術を学んだ。
そして。
「星詠みとしても、自分自身を鍛え上げた」
セブランが肩を竦める。
「まぁ……星詠みとしては、まだまだ未熟だがね」
「…………」
「そして再び」
ルミナスへ。
「今度は正面からではない」
セブランの口元が吊り上がる。
「この国へ忍び込んだ」
そして。
王宮の中へ入り込んだ。
「そこで目をつけたのが――」
セブランがスカーへ視線を向ける。
「セトの息子」
「セヴェルだ」
「奴は初めて会った時から優秀だったよ。
私ほどではないが、十三の子供とは信じられな 程にね」
「成長した奴は王の治療も任されていた」
「実に都合が良かったよ」
セブランが笑う。
「私は――」
一拍。
「毒を、薬だと誤認させた」
「…………!」
スカーを押さえつけるような。
重い沈黙。
「セヴェルは疑わなかった」
自分が用意しているものは。
王を治療する薬。
そう信じて。
「何度も」
セブランがスカーを見る。
「何度も」
「王へ毒を投与し続けた」
「……誤認……?」
地面へ押さえつけられたアルトの口から。
掠れた声が漏れる。
「…………」
セブランが。
ゆっくりとアルトを見る。
「気になるかい?」




