レピオスの歴史③
セブランは遠い何かを見るように目を細めた。
「私は母と二人で、東の果てにある国で暮らしていた」
ルミナスからは。
遠い。
遠い場所。
「父が誰なのかは知らない。母も一度として話さなかったよ」
「ぐっ……」
アルトが腕へ力を込める。
だが。
頭を押さえつけるスカーの手は。
びくともしない。
「無駄だよ」
セブランが笑う。
「大人しく聞いていたまえ」
「くそ……」
セブランは気にすることなく続ける。
「母は身を売って金を稼いでいた」
それくらいしか。
生きていく方法がなかったのだろう。
「美しい人だったよ」
だが。
病に伏していた。
日に日に痩せ。
咳が増え。
寝台から起き上がることすら難しくなっていった。
「私が七歳の頃だ」
ある日。
母は幼いセブランへ言った。
『故郷へ帰りたい』
そして。
『故郷の地で眠りたい』
「私は意味が分からなかった」
生まれた時から。
母と暮らしていた場所しか知らない。
「故郷?」
そんなものが。
自分達にあるのかと。
「だが、母はそれ以上何も話さなかった」
そして。
二日後。
「母は死んだ」
「…………」
「美しかった母は……見る影もなかったよ」
病に蝕まれ。
痩せ細り。
幼いセブランが知る母とは。
別人のようになっていた。
「母を埋葬したあと、私は家中をひっくり返した」
金。
食べ物。
売れそうな物。
「七歳の子供が一人残されたんだ。悲しんでいるだけでは生きられない」
そんな中。
一冊の古い本を見つけた。
「母に読み書きを教えられていたからな。字は読めた」
だが。
その本はあまりにも古かった。
文字は薄れ。
頁は破れ。
ほとんど読むことができない。
「それでも」
たった一つ。
はっきりと残っていた言葉があった。
「――ルミナス」
「…………!」
アルトの目が僅かに動く。
「それだけは読めた」
なぜ。
母の持っていた本に。
遥か遠くの国の名前が記されているのか。
「私はルミナスについて調べ始めた」
星詠み。
星座。
十二の部族。
そして。
星に選ばれた王家。
「調べれば調べるほど、私は確信していった」
セブランが胸へ手を当てる。
「ここだ、と」
母が帰りたいと言った場所。
母が眠りたいと願った場所。
「ルミナスこそが――私達の故郷なんだとな」
「…………」
「だが、七歳の子供が一人でルミナスへ行けるはずもない」
だから。
ただ生きた。
「泥水を啜った」
食べ物を盗んだ。
捕まって殴られた。
「川に沈められたこともあった!」
それでも。
死ななかった。
「ルミナスへ行く」
その思いだけを。
捨てなかった。
「そんなある日だった」
また。
川へ沈められた。
何とか流され。
辿り着いた先で。
セブランは一軒の家の者に助けられた。
「そこは剣や学問を教える場所だった」
読み書きのできたセブランを。
そこの家主は気に入った。
寝床を与え。
食事を与え。
剣を教えた。
「そして特別に――医術も教えてくれた」
薬草。
人体。
傷の縫合。
骨の固定。
身体を開き。
患部へ直接手を加える技術。
「不思議なものだ」
セブランが自分の手を見る。
「初めて学ぶはずなのに……妙に馴染んだ」
まるで。
最初から知っていたかのように。
「薄れたはずのレピオスの血……とでも言えば格好がつくかな」
そして。
「十二歳になる頃には――」
セブランが笑う。
「そこに、私より優れた医者はいなかった」
「…………」
「その一年後だ」
その国の将軍の息子が。
危篤になった。
どの医者も。
助からないと諦めた。
「だが――私は治療した」
身体を開き。
悪くなった箇所へ直接手を加えた。
「そして」
セブランが指を立てる。
「助けた」
将軍の息子は。
生き延びた。
「その将軍は私を呼び出して言ったよ」
望みは何だ。
金か。
地位か。
家か。
何でも一つ。
叶えてやると。
「私は迷わなかった」
セブランが目を細める。
「――ルミナスへ行きたい」
それだけだった。
「そして」
いくつもの国を越え。
長い旅を続け。
「ルミナスへ辿り着いた時には、私は十六になっていた」
初めて。
その地を踏んだ。
「覚えているよ」
街。
人々。
掲げられた星座。
十二の部族。
「何の根拠もなかった」
それでも。
身体の奥で。
何かが叫んでいた。
「ここだ」
セブランが小さく笑う。
「ここが……私達の故郷だ、と」
そして。
その地で。
一人の男と出会った。
「――セト・スコルネ」
「…………!」
アルトの目が見開かれる。
「そう!」
セブランが両腕を広げた。
「忌々しい――スコルネ族だ!」
だが。
すぐに。
その笑みが僅かに薄れる。
「……まぁ」
当時のセブランは。
まだ知らなかった。
「レピオスとスコルネ」
二つの一族に。
どんな因縁があるのか。
「その頃の私は――何一つ知らなかったがね」




