レピオスの歴史
「さて……どこから始めようか」
セブランは少し考えるように顎へ手を添えた。
「そうだな。歴史のお勉強をしようか」
「ふざけんな!」
――バシャッ!!
アルトが水を蹴る。
腰から《砕》を抜き、そのままセブランへ振り抜いた。
「おっと」
セブランが僅かに身体を逸らす。
「俺達を騙してたくせに……!」
アルトがさらに踏み込もうとした。
だが。
「ぐぅっ⁉︎」
後頭部を掴まれる。
「なっ――」
スカー。
その細い腕からは想像もできない力で、アルトの身体を地面へ押し倒した。
――ドガァン!!
「がっ!」
水飛沫が上がる。
アルトは《砕》を握ったまま、必死に身体を起こそうとする。
「くっそ……!」
「授業は静かに聴きたまえ」
「誰が……授業なんか……!」
「まぁ、そう言うな」
セブランは、まるで教壇にでも立つようにアルトの前を歩く。
「今から話すのは、この国の人間ですらほとんど知らない歴史だ」
そして。
背後の石碑へ目を向けた。
「――あれは三百年前」
「…………」
「当時のルミナスに存在した星座は十二ではない」
セブランが笑う。
「十三だ」
「十三……」
「そう。我々――蛇遣い座」
十二の星座とは離れた場所に刻まれた。
蛇を携えた人の姿。
「レピオス族が存在していた」
「……レピオス」
「レピオス族は、スコルネ族と共にルミナスの医療を支えていた一族だ」
セブランが指を一本立てる。
「だが、得意としていたものは違う」
スコルネ族が得意としたのは。
毒。
薬。
解毒。
麻酔。
「薬を使い、身体の内側から病を治す。それがスコルネの医学」
対して。
「レピオス族が研究していたのは――人体そのものだ」
「人体……?」
「あぁ」
傷を縫う。
折れた骨を繋ぐ。
悪くなった部位を切り取る。
時には身体を開き。
直接、患部へ手を加える。
「人を治すために、人の身体へ刃を入れる」
「…………」
「それが我々レピオス族の医学だった」
セブランは石碑へ指を這わせる。
「当時は両方とも、王に随分と重宝されていたらしい」
だが。
ある時。
全てが変わった。
「当時のレオニスの王は、老いを恐れた」
増えていく皺。
衰えていく身体。
近づいてくる。
死。
「老いるのが怖い。死ぬのが怖い」
セブランの口元が歪む。
「そして、あの愚王は考えた」
薬を極めたスコルネ。
人体を極めたレピオス。
二つの医学があるなら。
「――不老不死すら作れるのではないか、と」
「…………」
「王は両族へ命じた」
不老不死の薬を作れ。
老いを止めろ。
死を克服しろ。
「作れなければ……一族を滅ぼす」
「……そんな無茶苦茶な」
「無茶苦茶だろう?」
セブランが笑う。
「さて、アルト君」
「……なんだよ」
「そんなものが作れると思うかい?」
「…………」
「答えは――無理だ!」
セブランの声が継承の間へ響いた。
「だが、スコルネ族は違った」
「…………?」
「彼らは王へ言い続けたそうだ」
セブランが声色を変える。
「もうすぐ完成します」
「…………」
「研究は順調です。あと少しです。必ず完成させます」
何度も。
何度も。
王が望む答えを返した。
「……じゃあ、レピオス族は?」
「我々は――」
セブランの笑みが消えた。
「無理だと答えた」
「…………」
「そんなものは存在しない、と」
不老不死など。
作れない。
人間が老いることを。
止めることはできない。
「我々にできるのは、王を少しでも長く健康にすることだけ」
病を治し。
傷を治し。
身体の衰えを少しでも遅らせる。
それ以上は。
できない。
「そして当時のレピオス族は、王へこう進言したそうだ」
セブランが目を細める。
「――死は循環」
「…………」
「自然の摂理です」
生まれ。
生き。
老い。
そして。
死ぬ。
「その循環には――」
セブランの視線がアルトへ向く。
「神ですら逆らえません」
「…………!」
「……当然」
セブランが小さく笑った。
「王は激怒した」
自分は老いる。
いつか死ぬ。
その事実を真正面から突きつけた一族を。
王は許さなかった。
「そして命じた」
セブランの声が低くなる。
「――レピオス族を滅ぼせ」
「…………⁉︎」
アルトの目が見開かれる。
「それだけで……?」
「あぁ」
「スコルネ族は……?」
「生き残った」
「…………」
「もうすぐできると。必ず完成させると」
王に希望を与え続けた一族は残り。
「できないと答えた我々だけが――」
セブランが。
蛇を携えた人の刻印を見る。
「滅ぼされた」
「…………」
「元々、戦うことを生業としていた一族じゃない」
医師。
治療師。
人を救うために技術を磨いてきた者達。
「王の兵に襲われれば、どうなるかなど分かりきっている」
抵抗する術もなく。
レピオス族は。
次々と殺された。
「……だけど」
セブランが続ける。
「全員ではなかった」
「…………?」
「僅かに生き残った者達がいた」
国を捨て。
故郷を捨て。
自分達が蛇遣い座であることを隠し。
ルミナスから逃げ延びた。
「そして長い年月が過ぎた」
百年。
二百年。
三百年。
「ルミナスは、レピオス族の存在を忘れた」
十三あった星座は。
いつしか。
十二になった。
「そして皮肉なものだ」
セブランは自分の胸へ手を当てる。
「逃げ延びたレピオス族の子孫達もまた、自分達の先祖を忘れていった」
蛇遣い座を忘れ。
故郷を忘れ。
なぜ自分達がその土地で暮らしているのかさえ。
忘れていった。
「私も――」
先ほどまでの芝居がかった声が消える。
「その一人だった」
「…………」
「レピオスという名に、どんな意味があるのか」
知らなかった。
「自分の祖先が何者だったのか」
知らなかった。
「この国と、自分にどんな繋がりがあるのかも」
何も。
知らずに生きていた。
セブランがゆっくりと目を開く。
「――あの日まではな」




