本当の名
◇◇◇
——継承の間——
「悪いな、アルト」
セブランは静かにアルトを見つめる。
「君は……自分で思っている以上に危険だ」
「何を――」
言いかけた。
その瞬間。
「…………⁉︎」
背後から。
凄まじい殺気。
考えるより先に、アルトは横へ飛んだ。
直後。
――ズガァァァァン!!
「っ⁉︎」
石床が砕けた。
浅く張っていた水が激しく跳ね上がり。
――シューッ……。
熱せられた地面に触れた水が、白い蒸気へ変わっていく。
アルトがいた場所には。
一人の男が立っていた。
細い腕。
その拳が。
砕けた石床へ深々と突き刺さっている。
「……なんだ、この人……」
見た目からは想像もできない威力。
アルトが身構える中。
セブランは何でもないことのように口を開いた。
「紹介しよう」
男がゆっくりと顔を上げる。
「ルミナス国王――スカー・ルミナスだ」
「…………⁉︎」
アルトの目が見開かれた。
「国王様⁉︎」
ガオンの父親でもあり、
ルミナスを治める王。
「なんで国王様が俺のことを!」
「さぁな?」
セブランが薄く笑う。
「何か違うものに見えてるんじゃないか?」
「違うもの……?」
その言葉の意味を考える暇もなかった。
――バシャッ!!
「くっ!」
スカーが水を蹴る。
一瞬で距離を詰めてきた。
拳。
アルトが身を逸らす。
鼻先を風圧が通り過ぎる。
「セブランさん!」
続く拳をかわしながら叫ぶ。
「あんたが何かやってんのか!」
「そうだな」
あっさり。
認めた。
「だったら――」
アルトが拳を握る。
だが。
目の前にいるのは。
操られている人間。
しかも。
ガオン達の父親。
「……殴るわけには」
「言っておくが」
「?」
セブランが告げる。
「その男。かなり強いぞ?」
「……‼︎」
気づいた時には。
スカーの手が。
アルトの頭を掴んでいた。
「ぐっ!」
そのまま。
身体が浮く。
「なっ――」
――ブンッ!!
投げ飛ばされた。
――ドガァァン!!
「ぐぁっ!」
背中から石壁へ叩きつけられる。
壁に亀裂が走り。
アルトの身体が水の中へ落ちた。
「っ……」
頭を振りながら起き上がる。
「なんだよ……あの力」
スカーを見る。
鍛え上げられた戦士のような太い腕ではない。
むしろ。
細い。
なのに。
「こんな細い腕なのに……!」
「⁉︎」
顔を上げた時には。
もう。
スカーが目の前にいた。
「速っ――」
腹へ。
蹴り。
――ドゴォッ!!
「⁉︎ ゴッホ⁉︎」
身体が浮いた。
胃の中のものまで吐き出しそうな衝撃。
アルトは水面を何度も跳ねながら転がっていく。
「がっ……は……!」
「うーん」
セブランが首を傾げた。
「まだ動きが悪いな」
「…………」
「一撃で殺せないか」
「……は?」
アルトが苦しそうに顔を上げる。
セブランは。
スカーを観察していた。
まるで。
実験でもしているように。
「毒で弱りすぎているか……」
「毒……?」
アルトの目が細くなる。
「お前……国王様に何した」
「別に私が毒を盛ったわけじゃない」
「じゃあ――」
「だが、このままでは少し物足りないな」
セブランが考えるように顎へ手を添える。
そして。
小さく笑った。
「では――星纏をさせてみるか」
「……星、纏?」
アルトの表情が止まる。
聞き慣れない言葉。
だが。
その瞬間だった。
「ぐ……」
スカーの身体が震えた。
「ぐぅぅぅ……!」
頭を押さえる。
呼吸が荒くなり。
眼差しに。
激しい怒りが宿っていく。
「そうだ」
セブランの声だけが。
静かに響く。
「怒れ」
「ぐ……ぁ……」
「お前の前にいる」
セブランがアルトを見る。
「そいつを憎め」
「やめろ!」
「奪おうとしているぞ」
「何言ってんだ!」
「お前の国を」
スカーの身体から。
微かな光が漏れ始める。
「家族を」
「ぐゔぅぅぅぅ……!」
「国民を」
空気が震える。
「全部だ」
「ぐわぁぁぁぁぁ!!」
スカーが咆哮した。
浅い水面が。
波紋ではなく。
衝撃で大きく揺れる。
「国王様!」
「そうだ。怒れ、怒れ」
セブランだけが笑っている。
だが。
しばらくして。
「…………」
光は。
形を作ることなく消えていった。
「ぐっ……はぁ……はぁ……」
スカーが膝へ手をつく。
「……まだ難しいか」
セブランが残念そうに呟いた。
「毒でここまで弱っていては、無理もない」
「…………」
アルトは。
ゆっくり立ち上がる。
腹を押さえながら。
セブランを睨んだ。
「何を……やってるんだよ」
「…………」
「国王様に何を見せてる」
セブランの目が。
僅かに細くなる。
「知りたいか?」
「当たり前だろ」
「そうだな……」
少し考え。
セブランは。
自分の顔へ手を添えた。
「なら、まず一つ訂正しておこう」
「訂正?」
「あぁ」
継承の間。
古代の文字が刻まれた石碑の前で。
セブランが告げる。
「私の本当の名前は――」
ゆっくりと。
その口元が笑った。
「セブラン・スコルネではない」
「…………!」
「セブラン・レピオス」
アルトの目が見開かれる。
「それが――」
セブランは背後の石碑。
十二の星座とは別に刻まれた。
蛇を携える人の姿へ視線を向けた。
「私の本当の名だ」




