寝てられるか
「それより――」
ナーラは《獅后》を肩へ担ぎ直した。
「他はどうなってる?」
「……その前に」
ロイドが《蒼淵》を下ろす。
「改めて。俺はロイド・ベルク。ガイスト軍、ルミナス国境警備隊の隊長です」
「あぁ」
ナーラがロイドの顔を見る。
「見たことはある。国境の方で何度かな」
「そりゃ話が早い」
ロイドは頭を掻き。
すぐに表情を引き締めた。
「ガイストからは、俺を含めて八人が本日ルミナスへ入国しました」
「八人……」
「王宮の外、近くに救護所があります。そこには現在、ガイスト軍人四人が待機しています」
「残りは?」
「王宮内に四人」
ロイドが指を折る。
「俺とログ。それから、バルガス隊長とアルトです」
「爆熱のバルガス……聞いた事がある」
「はい。バルガス隊長はセト・スコルネと戦闘中」
「…………」
ナーラの眉が吊り上がった。
「セト……あのクソジジイ」
「ジジイ?」
背中のログが首を傾げる。
「若く見えたけど……」
「ログ」
ロイドが遮る。
「それは今いい」
ナーラが鼻を鳴らす。
「騙し討ちなんかしやがって……まぁ、セトは後だ。それで?」
「セブラン・スコルネという男と行動していました。ただ……今は二人とも行方が分かってません」
「セブラン?」
ナーラが眉を寄せる。
「誰だ、それ」
「救護所で国民の保護と治療をしていた男です。本人はスコルネ族だと言っていました」
「…………」
「そいつから聞いた話では――」
ロイドが続ける。
「ヴィルネ、ピシエル、タウルス、カプリス、カルキス、スコルネ。この六部族がクーデターを起こしたと」
「……は?」
ナーラの足が止まった。
「六部族?」
「はい」
「待て」
ナーラの表情が変わる。
「俺の記憶にセブランなんて奴はいない」
「…………」
「スコルネ族は王の側近だ。一族の奴らなら大体分かる」
「それは……確かですか?」
「見たことねぇ奴が一人二人いる程度なら分かる。だが、王宮の事情に詳しくて国民の治療まで任されるような奴を、俺が知らねぇなんてのは妙だ」
ロイドの目が細くなる。
「…………」
「それにクーデターだと?」
ナーラが低く呟く。
「六部族も一斉に?」
「セブランはそう言ってました」
「……おかしい」
ナーラは考える。
「ヴィルネの族長、リシェルは俺の妹分だ」
「妹分?」
「あぁ。それにカルキスとタウルスは王への信頼が厚い。ピシエルなんて筋金入りの穏健派だぞ」
そこで。
少しだけ考える。
「カプリスは……まぁ」
「…………」
「あり得なくはないな」
ナーラが眉間に皺を寄せる。
「……何があったんだ」
六部族が。
同時に王家へ牙を剥く。
どう考えても。
普通ではない。
「…………」
その時。
ナーラが何かに気づいた。
「おい、ロイド」
「はい?」
「この火事」
王宮の至る所から。
未だ煙が上がっている。
「始まってから、もう二十四時間以上は経ってるはずだ」
「……えぇ」
「なら国境警備隊が異変に気づかないはずがねぇだろ」
ロイドが黙る。
「勘違いすんなよ」
ナーラが続けた。
「お前らを責めてるんじゃねぇ」
「…………」
「何があった?」
しばらく。
ロイドは答えなかった。
そして。
「……気づかなかったんです」
「なんだと?」
「国境から見た王宮に、異常はありませんでした」
「…………?」
「煙もない。火も見えない。少なくとも、俺達が入国した時点ではそう見えてました」
ロイドが王宮の奥を見る。
「それが……王宮付近まで来て、初めてこの惨状に気づいた」
「……待て」
ナーラが目を細める。
「王宮付近だけか?」
「はい」
「国境からここまでの街は?」
「少なくとも、俺達が通った範囲に大きな異常はありません」
「…………」
ナーラの肩から。
僅かに力が抜けた。
「そうか……」
国全体が。
既に崩壊しているわけではない。
それだけでも。
ほんの少し安心できた。
「じゃあ……」
背中のログが呟く。
「セブランさんは、スコルネ族じゃないってことか?」
「……あぁ」
ナーラが答える。
「少なくとも、俺はそう思う」
「…………」
「それに」
ナーラの目が鋭くなる。
「そいつ……クセぇな」
「確かに」
ロイドも頷く。
「王宮内部には妙に詳しかった」
「なら余計におかしい」
「…………」
「王宮内部に詳しいスコルネ族なら、俺が知らねぇなんてことはあり得ねぇ」
「……アルト!」
突然。
ログがナーラの背中で身を起こした。
「暴れんな!」
「でも、アルトがそいつと一緒なんですよね⁉︎」
「分かってる!」
ナーラがログを背負い直す。
「ロイド」
「はい?」
「こいつはお前に任せる」
「え?」
「姫様?」
ナーラがしゃがみ。
ログを下ろす。
「お、おい! 俺も行きますよ!」
「行ける身体かよ」
「でも!」
「邪魔だ」
「ぐっ……」
容赦のない一言。
ナーラは立ち上がると、《獅后》を肩へ担いだ。
「姫様はどうするんです?」
「妹と弟を探す」
「ジル姫とガオン王子ですか」
「あぁ。あと……友人?」
「友人?」
「セトの息子だ」
セヴェル。
今どこにいるのか。
無事なのか。
それすら分からない。
「まぁ……まずはジルだな」
「ガオン王子なら、王宮の外にいる可能性があります」
「何?」
「俺達が来るまでの間に、外へ出ている可能性がある。ですが、ジル姫については分かりません」
「……なら尚更、先にジルだ」
ナーラが歩き出す。
「お前らは救護所に戻れ」
「ちょっと待ってください」
ロイドがナーラを見る。
「姫様も治療が必要でしょう」
「はっ!」
ナーラが笑った。
「舐めんな」
「いや、さっき足震えてましたよね」
「…………」
「汗も尋常じゃねぇですし」
「細けぇ男だな」
「国境警備隊長なんで」
「関係あんのか、それ」
ナーラが大きく息を吸う。
そして。
全身へ。
さらに熱を巡らせた。
「……ふぅ」
体温が上がる。
汗が一気に噴き出す。
鼓動が速くなる。
身体に残る毒を。
さらに代謝で押し流していく。
「姫様……」
先ほどまで震えていた脚を。
ナーラが強く踏みしめた。
もう。
震えていない。
「国の大事だ」
《獅后》を担ぎ直す。
「寝てられるかよ」
「…………」
「ログ」
「はい?」
「お前は大人しく治療されろ」
「でもアルトが――」
「そいつは俺も探す」
「…………」
「だから今は任せろ」
ログはしばらく黙り。
やがて。
「……分かりました」
「よし」
ナーラが前を向く。
傷だらけ。
毒も。
完全には抜けていない。
それでも。
口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
「……行くか!」
《獅后》を肩に。
ナーラは王宮の奥へ向かって走り出した。




