獅后
その頃。
王宮内。
「…………」
ナーラは、気を失ったログを背負いながら薄暗い通路を進んでいた。
足取りは重い。
加護で体温を上げ、無理やり代謝を高めたことで毒は多少抜けた。
だが。
完全に消えたわけではない。
額からは汗が流れ続け、ログを支える腕も時折僅かに震えていた。
「…………」
そんな中。
ふと。
先ほどのログの言葉が頭をよぎる。
『大事な女の前で…倒れられるか‼︎』
「っ……」
ナーラの頬が熱くなった。
「あんなこと……俺、初めて言われた……」
思わず。
小さく呟く。
ルミナスの男達は、ナーラを見れば敬意を示す。
王族。
そして姫。
だが。
その態度には、いつもどこか怯えが混じっていた。
「……まぁ、原因は分かってんだけどな」
昔。
少しばかり暴れ回ったことがある。
ナーラ本人としては。
本当に少しばかり。
だが最後には、タウルス族の族長とカプリス族の族長まで出てきて。
二人掛かりで止められた。
それ以来。
男達はナーラを見ると、どこか化け物でも見るような顔をする。
「人のこと化け物みてぇに見やがって……」
「……ぐっ」
「⁉︎」
背中から声が漏れた。
「おい! 目ぇ覚めたか!」
「う……ここは……」
ログがゆっくりと目を開く。
「あ? あんたは……」
ナーラの横顔を見て。
数秒。
「姫様⁉︎」
「声でけぇよ」
「って、俺……担がれてる⁉︎ 降ります! 降ろしてください!」
「暴れんな!」
「いや、でも!」
「怪我人は大人しくしてろ!」
「…………」
ログが渋々動きを止める。
ナーラはそのまま歩きながら、少しだけ横目を向けた。
「……そういや」
「はい?」
「ログ・スミスマン……だったな」
「え?」
「さっき、タウルスの族長に名乗ってただろ」
「あぁ……聞こえてたんですね」
「途中からな」
ナーラが眉を寄せる。
「で、お前」
「はい?」
「何者だ?」
「…………え?」
「名前しか知らねぇんだよ、俺は」
「あっ……」
ログも今更気づいたらしい。
「そういや、ちゃんと名乗ってなかったですね」
「俺がぶっ倒れてる間に、勝手に命張ってやがったからな」
「その言い方やめてくださいよ」
「事実だろ」
「まぁ……そうですけど」
ログが小さく咳払いする。
「改めまして。ログ・スミスマン。ガイスト軍所属です」
「ガイスト軍?」
「はい。アーヴェル隊長の部隊に所属してます」
「…………」
ガイスト。
ガオンが滞在していた国。
その軍人が。
なぜ今、ルミナスの王宮にいるのか。
「じゃあ、お前ら……ガイストから来たのか?」
「そうです」
「なんでこんな時に?」
「それは……色々ありまして」
「雑だな」
「説明すると長いんですよ!」
「……まぁいい」
今は。
ゆっくり話を聞いている場合でもない。
だが。
ログの方が何かを思い出したように顔を上げた。
「姫様」
「あ?」
「毒は⁉︎」
「…………」
「姫様の毒ですよ!」
「あぁ、それなら平気だ」
ナーラは何でもないように笑う。
「なーに。加護で体温上げたら治ったよ」
「…………」
「だから気にすんな」
「嘘です」
「…………あ?」
即答だった。
ログはナーラの身体を見る。
額から流れ続ける汗。
服が張り付くほど濡れた背中。
さらに。
自分を支えている腕が僅かに震えている。
「全然治ってないじゃないですか!」
「細けぇな」
「細かくないです! 降ります!」
「いいから大人しくしてろ」
「姫様の方が倒れますって!」
「……こんぐらいさせてくれよ」
「え?」
ナーラが少しだけ顔を逸らす。
「お前だって……俺のために、あそこまでやったんだろ」
「…………?」
ログが首を傾げる。
「まぁ……姫様を守るのは当然でしょうけど」
「…………!」
当然。
その一言に。
ナーラの顔がまた赤くなった。
「お、お前なぁ……」
「はい?」
「そういうこと平然と言うな!」
「何がです?」
「うるせぇ!」
「えぇ……?」
ログには。
まったく意味が分からない。
「ったく……」
ナーラは赤くなった顔を隠すように前を向く。
そのまま数歩進み。
――ピタッ。
足が止まった。
「……姫様?」
「静かにしろ」
「…………」
声色が変わる。
ログもすぐに黙った。
通路の先。
曲がり角。
その向こうから。
微かな気配がする。
それだけではない。
「……血の匂いがする」
ログの表情も引き締まった。
「下ろしてください」
「嫌だね」
「今度は本当に下ろしてください」
「怪我人が何言ってやがる」
「でも――」
「俺がやる」
ナーラが片手を前へ出した。
「来い」
空気が震える。
光が集まり。
その手の中で。
一つの形を作り上げていく。
「……?」
背中のログが目を細めた。
次の瞬間。
「でっか……⁉︎」
現れたのは。
巨大な戦鎚。
王笏を思わせる長い柄。
その先端には。
分厚く、巨大な打撃部。
正面には雌獅子を思わせる意匠が刻まれ。
上部には王冠のような突起が並んでいる。
女王の王笏を。
そのまま敵を叩き潰すための武器へ変えたような姿。
霊器。
――《獅后》。
「姫様……そんな霊器使ってたんですか」
「あぁ」
「いや……めちゃくちゃ重そうなんですけど」
「重いぞ」
「それ片手で持つ物じゃないですよね⁉︎」
「持ててんだから問題ねぇだろ」
「そういう問題じゃ……」
ナーラは《獅后》を片手で肩へ担ぐ。
しかも。
背中にはログを背負ったまま。
「…………」
「なんだよ」
「いや……なんでもないです」
「あ?」
「今は前に集中してください」
「言われなくても分かってる」
ナーラは足音を殺し。
ゆっくりと進む。
一歩。
また一歩。
曲がり角の直前で止まった。
「…………」
気配は。
すぐ向こう。
ナーラが《獅后》を握り直す。
「――ウォラァ!!」
――ドゴォォォン!!
巨大な打撃部が石壁へ叩き込まれた。
曲がり角ごと壁が砕け。
石片と砂埃が通路へ噴き出す。
「…………⁉︎」
その中から。
一筋の剣先が伸びた。
細く。
鋭く。
一直線にナーラの首を狙う。
「チッ!」
ナーラが後ろへ跳ぶ。
――シュッ!!
剣先が鼻先を掠めた。
「っ……!」
着地した瞬間。
身体が大きくぐらつく。
「姫様‼︎」
「平気だ!」
その時。
砂埃の向こうから。
「あ?」
男の声がした。
「その声……ログか?」
「⁉︎」
ログが目を見開く。
「ロイドさん!」
「……は?」
砂埃が徐々に晴れていく。
そこに立っていたのは。
右腕に《蒼淵》を装着したロイドだった。
「なんだ、お前か。無事だった――」
言葉が止まる。
ロイドの視線が。
ログを背負っている人物へ向いた。
「…………」
一秒。
「⁉︎ ナーラ姫!」
「おう」
「ご無事ですか⁉︎」
「まぁな……」
「…………」
ロイドは自分の《蒼淵》を見る。
次に。
先ほど剣先を向けたナーラを見る。
「……俺が今、攻撃した相手って」
「姫様です」
ログが答えた。
「…………」
ロイドはゆっくりと天井を見上げる。
「……めんどくせぇ」
「あ?」
「何でもないです」
「別にいい。それより――」
ナーラは《獅后》を肩へ担ぎ直した。
「他はどうなってる?」




