王の盾
◇
王宮近郊。
崩れ落ちた地面の下。
――パラ……。
瓦礫が崩れ、土煙の中からガオンがゆっくりと身体を起こした。
「……っ、痛ぇな」
落下の衝撃。
そして。
最後に自分で放った熱。
ラバタを巻き込んだとはいえ。
当然。
ガオンも無傷ではない。
「…………」
両腕の《灼獅》は。
まだ赤い熱を帯びていた。
――ガラガラッ!!
「…………」
少し離れた場所。
瓦礫を押し退け。
ラバタも立ち上がる。
赤い甲殻鎧からは。
白い煙が上がっていた。
右腕には。
蟹の鋏を思わせる鋏槍。
左腕には。
分厚い甲羅盾。
霊器――《厳蟹》。
「…………ガニ」
「…………」
二人の視線が重なる。
次の瞬間。
――ドン!!
同時に地面を蹴った。
「おらぁ!!」
「ガニィ!!」
――ガギィィン!!
《灼獅》の拳を。
甲羅盾が真正面から受け止める。
「ぐっ……!」
ガオンはさらに踏み込み。
拳へ熱を集中させた。
――ゴォッ!!
「はぁぁぁ!!」
赤熱した《灼獅》が。
盾を押し込もうとする。
だが。
「…………っ」
ラバタの足は動かない。
一歩も。
「くっ……通らんか……」
「ガオン」
「あ?」
「お前が国で好き勝手している時も……」
ラバタが右腕を引く。
鋏槍が一直線に伸びた。
――ギィン!!
「っ!」
ガオンが《灼獅》で弾く。
「ガイストで遊んでる時も……オレ達カルキス族は、ずっと研鑽を積んできたガニ」
今度は横薙ぎ。
ガオンが身を沈める。
頭上を。
巨大な鋏が唸りを上げて通過した。
「硬くなるため」
返す一撃。
「守るため」
――ギィン!!
「ぐっ!」
受けた腕ごと押し込まれる。
「王を。国を。民を」
ガオンが距離を詰めようとする。
だが。
甲羅盾がそれを許さない。
――ドゴン!!
「がっ!」
盾が肩へ叩き込まれる。
よろめいたところへ。
再び鋏槍。
「それがオレ達カルキス族の役目だったガニ!!」
――シュッ!!
「くっ!」
穂先が。
頬を掠める。
薄く血が飛んだ。
「…………」
ガオンが一度距離を取る。
強い。
昔から。
ラバタが硬いことは知っていた。
横への動きが異様に速いことも。
だが。
今はそれだけじゃない。
鋏槍で間合いを支配し。
近づけば甲羅盾。
攻めても防がれ。
離れても刺される。
完全に。
ラバタの間合いだった。
「だけど!」
ラバタが横へ滑る。
重い装備からは想像もできない速度。
右。
左。
蟹のような足運びで。
ガオンの視界を揺さぶる。
「平和が続いた!」
「…………!」
「戦争も減った! 本当なら喜ぶべきことだったガニ!」
右から来る。
そう読んだ。
ガオンが拳を振るう。
――ブォン!!
「⁉︎」
空を切った。
「こっちガニ!」
左。
鋏槍が突き込まれる。
――ギィン!!
「ぐっ!」
「でも、平和が続けば続くほど……オレ達はだんだん廃れていったガニ!」
ラバタが鋏槍を引く。
そのまま懐へ踏み込み。
――ドゴォン!!
「ぐっは!」
甲羅盾がガオンの胸へ直撃した。
身体が浮き。
そのまま地面を転がる。
――ザザザッ!!
「……っ」
ガオンが片膝をつく。
「王の盾と呼ばれた一族が……今じゃ工事の立ち会いぐらいしか仕事がないガニ」
「ラバタ……」
「硬化の加護も。盾の技も。オレ達が何百年も繋いできたものも……少しずつ必要とされなくなった」
ラバタの声が低くなる。
「若い奴らは一族を離れて、技を継ぐ奴も減った。このままじゃ……カルキス族は消えるガニ」
「…………」
ガオンが立ち上がる。
口元の血を。
《灼獅》の甲で拭った。
「だから、こんなことしたのか」
「…………」
「お前の父親も」
「…………!」
ラバタの顔が。
僅かに歪んだ。
「父上は……ずっと考えてたガニ」
「…………」
「どうすれば一族を残せるのか。どうすれば、もう一度カルキス族を――」
そこで。
言葉が止まる。
ラバタが。
歯を食いしばった。
「そこを……あいつに父上は……」
「あいつ?」
ガオンの目が細くなる。
「誰だ」
「…………」
「ラバタ。誰のことだ」
答えはない。
ラバタは。
ゆっくりと鋏槍を構え。
甲羅盾を身体の前へ出した。
「ガオン……」
「…………」
「オレ達のために……死んでくれ」
――ザッ!!
「!」
一瞬で横へ。
ガオンの視界から。
ラバタが消える。
「くっ!」
右。
違う。
左。
そこにもいない。
「遅いガニ!」
「⁉︎」
真横。
鋏槍が迫る。
――ガギィン!!
「ぐっ!」
咄嗟に《灼獅》で受ける。
だが。
ラバタはすぐに鋏槍を引いた。
腰を深く落とす。
甲羅盾を前へ。
「しまっ――」
脚。
腰。
肩。
硬化した身体の全てを。
一枚の甲羅盾へ乗せる。
「ガニィィィ!!」
――ドゴォォォォン!!
「ぐっはぁ!!」
大盾が真正面からガオンを捉えた。
身体が宙へ浮く。
――ドォン!!
そのまま。
背中から石壁へ叩きつけられた。
――バキバキバキッ!!
「がっ……!」
石壁が。
大きく陥没する。
ガオンの身体が。
その場へ崩れ落ちた。
「…………」
ラバタは追撃しない。
鋏槍を下げ。
甲羅盾を構えたまま。
ガオンを見つめている。
「…………ガニ」
土煙の中。
――ガリッ。
「?」
地面を掴む音。
「……なるほどな」
ガオンが。
ゆっくりと顔を上げた。
「ずっと鍛えてたってのは……本当みたいだな」
壁へ手をつく。
震える脚に力を込め。
もう一度立ち上がる。
「…………」
そして。
《灼獅》を構え直した。
「だったら――」
口元が。
僅かに吊り上がる。
「俺も、もうちょい本気でいくか」




