王の寝室
◇
その頃。
ルミナス王宮。
ロイドと別れたアルトとセブランは。
ナーラとログの元へ向かうため。
王宮の奥を進んでいた。
ナーラの身体を蝕む毒。
セブランがその進行を抑えられる時間は。
長くても一時間ほど。
急がなければならない。
だが。
正面の通路からは。
何度も戦闘音が響いていた。
――ドォン!!
「まただ……」
アルトが足を止める。
「こっちも戦ってる」
「なら避ける」
セブランが。
別の通路へ目を向けた。
「今は余計な戦闘をしている時間はない」
「うん」
二人は。
人の気配が少ない通路を選び。
王宮のさらに奥へ進んでいく。
「…………」
次第に。
戦闘音が遠ざかっていく。
兵士も。
使用人も。
誰もいない。
ただ。
二人の足音だけが。
長い廊下へ響いていた。
「静かだな……」
「王宮の人間も、ほとんど避難したんだろう」
「そっか」
――コツ。
――コツ。
さらに奥。
「……ん?」
アルトが。
大きな扉の前で足を止めた。
他とは明らかに違う。
重厚な造り。
細かな金の装飾。
中央には。
大きな獅子の紋章。
「これ……」
アルトが見上げる。
「レオニス?」
「王家の紋章だ」
セブランが扉を見る。
「ここはおそらく――王の部屋だな」
「王様の?」
「あぁ」
「…………」
アルトが。
扉へ耳を近づける。
「誰もいない」
「入るぞ」
「えっ」
セブランが。
迷わず扉へ手を掛ける。
「勝手に入っていいの?」
「非常時だ」
「そういう問題?」
「今はそういう問題だ」
「…………」
――ギィィィ……。
二人が。
中へ入る。
「うわ……」
広い。
だが。
アルトが想像していたような。
金銀で飾られた豪華な部屋ではなかった。
大きな寝台。
机。
本棚。
壁には。
歴代の王と思われる肖像画が並んでいる。
「誰もいないな」
「あぁ」
アルトが。
部屋の奥まで見回す。
「王様、どこ行ったんだろ」
「…………」
「セブランさん?」
返事がない。
振り返る。
「……何してんの?」
セブランは。
本棚の前に立っていた。
一冊。
本を抜く。
開く。
閉じる。
戻す。
次は。
机の引き出し。
「少し調べている」
「それ物色じゃない?」
「違う」
「何が?」
「目的がある」
「何探してんの?」
「それが分かれば苦労しない」
「やっぱ物色じゃん」
「…………」
セブランが。
アルトを一瞥する。
「君は黙って周囲を見ていろ」
「はいはい」
アルトも。
適当に部屋を見回す。
「…………」
寝台。
机。
本棚。
壁。
窓。
「ん?」
その時。
セブランが。
部屋の端で足を止めた。
「どうした?」
「床だ」
「床?」
アルトも近づく。
「…………」
石造りの床。
その中に。
一枚だけ。
僅かに色の違う石があった。
「これ?」
「あぁ」
セブランが。
しゃがみ込む。
指で押す。
――カチッ。
「…………」
「…………」
――ゴゴゴゴゴ……。
「⁉︎」
床が。
ゆっくりと動き始めた。
「うわっ!」
石床が左右へ開く。
その下。
「階段……?」
暗闇へ続く。
石造りの階段。
「王の部屋に隠し通路……」
アルトが。
穴を覗き込む。
「どこに繋がってんだ?」
「…………」
セブランも。
階段の先を見る。
「少し確認する」
「でもナーラさんは?」
「分かっている」
セブランが立ち上がる。
「長居はしない」
「…………」
アルトは。
もう一度。
暗い階段を見る。
「分かった」
二人は。
階段を降り始めた。
――コツ。
――コツ。
――コツ。
「長くない?」
「思ったより深いな」
さらに下。
王宮の地下へ。
どれほど降りただろう。
やがて。
「…………!」
アルトが。
目を見開いた。
「なに……ここ」
階段の先。
そこに広がっていたのは。
部屋というより。
巨大な洞窟だった。
足元には。
薄く水が張られている。
――ピチャ。
一歩。
踏み出す度に。
小さな波紋が広がった。
「…………」
壁。
床。
いくつもの石柱。
至るところに。
見たことのない文字が刻まれている。
そして。
その中央。
「でか……」
巨大な石碑。
天井近くまで届くほどの。
黒い石。
表面には。
無数の文字と紋様が。
隙間なく刻まれていた。
「これは……」
セブランが。
石碑へ近づく。
「古代語か」
「古代語?」
「あぁ」
「…………」
アルトも。
その隣へ立つ。
石碑を見る。
「…………?」
知らない文字。
のはずだった。
なのに。
どこか。
見覚えがある。
「なんだこれ……」
「どうした?」
「なんか……」
アルトが。
文字へ顔を近づける。
「読める気がする」
「…………」
セブランが。
アルトを見る。
「古代語が?」
「全部じゃない」
「…………」
「でも」
アルトが。
一文字を指差す。
「これ」
「?」
「ト」
「ト?」
「人」
「…………」
「この字」
アルトが。
指先でなぞる。
「人って意味だと思う」
セブランは。
何も言わない。
「他は?」
「待って」
アルトが。
石碑の上部へ視線を移す。
「…………」
最初に。
大きな円。
その周囲に。
何もない空間。
そして。
円の中心には。
一つの人型。
「カ……オ……」
アルトが。
眉を寄せる。
「カオ……ス?」
「…………」
「その下が……」
星。
大地。
海。
人。
神々。
文字の意味は。
ほとんど分からない。
それでも。
絵と。
拾える単語から。
何となく。
流れだけは見えてくる。
「世界が……生まれた?」
アルトが呟く。
「神様も……」
愛。
死。
冥府。
自然。
星。
戦。
忘却。
それぞれを表すような。
神々の姿。
「…………」
さらに。
十二の光。
それらが。
夜空に並んでいる。
「星座……?」
そして。
その下。
神々と人間が。
向かい合って描かれていた。
その間には。
一本の大きな線。
「…………?」
アルトが。
文字を追う。
「不可……」
「?」
「侵……?」
断片的な言葉。
「約束……みたいなやつかな」
さらに。
神々が。
人間から遠ざかっていく姿。
「神様が……いなくなった?」
アルトが。
首を傾げる。
「ここから……」
石碑の区画が変わる。
次に描かれていたのは。
「…………」
一人の人間。
その周囲には。
無数の精霊。
「これ……」
アルトの胸が。
僅かにざわついた。
「…………」
文字へ。
顔を近づける。
「精霊……」
その次。
「…………?」
石碑の一部が。
欠けている。
「これ……なんて読むんだ?」
指先でなぞる。
「…………」
しばらく。
考える。
「宿す……かな?」
「宿す?」
「うん」
そして。
最後。
先ほどと同じ文字。
「ト」
「…………」
アルトが。
首を傾げる。
「精霊を……宿す人?」
「…………」
セブランの視線が。
アルトへ向く。
「そう読めるのか?」
「たぶん」
アルトが。
頭を掻く。
「古すぎて、よく分かんないけど」
もう一度。
石碑を見る。
「精霊を身体に宿した人がいた……ってことかな」
「…………」
「昔の精霊術師みたいな?」
「さぁな」
セブランは。
短く答える。
「…………」
アルトも。
それ以上は気にせず。
石碑の先へ目を移した。
そこには。
先ほどの人間と似た姿が。
一人。
また一人。
増えていく様子が刻まれている。
「…………?」
だが。
意味までは。
分からない。
さらに下。
時代が変わる。
剣。
槍。
杖。
多くの人間。
その中で。
ひときわ大きく描かれた。
何人もの戦士達。
「英雄……?」
「そこも読めるのか?」
「なんとなく」
アルトが。
文字を追う。
「戦って……守って……」
「…………」
「人が……覚える?」
眉を寄せる。
「なんだこれ」
自分でも。
うまく意味を繋げられない。
「文字だけ分かっても」
アルトが。
苦笑する。
「文章になると全然分かんないや」
「それでも十分だ」
「?」
「いや」
セブランが。
石碑へ視線を戻す。
「何でもない」
「…………?」
アルトも。
さらに先を見る。
「おっ」
そこから。
また雰囲気が変わった。
無数の星。
それらを結ぶ。
細い線。
「これなら分かる」
獅子。
牡牛。
蟹。
蠍。
魚。
乙女。
山羊。
ルミナスで見てきた。
部族へ繋がる星座達。
「十二星座……」
アルトが。
石碑を見上げる。
「これ」
「…………」
「ルミナスの昔の話なんだ」
「おそらくな」
セブランが。
静かに答える。
「…………」
アルトは。
一つずつ。
星座の紋様を追っていく。
そして。
「ん?」
止まった。
「…………」
十二の星座。
その少し外。
離れた場所。
もう一つ。
奇妙な紋様が刻まれている。
人。
そして。
その身体へ絡みつく。
一本の蛇。
「これ……」
「…………」
アルトが。
文字を見る。
「…………?」
読めない。
これまでなら。
断片的にでも。
何かが浮かんできた。
だが。
ここだけ。
「なんだろ」
何度見ても。
意味が入ってこない。
「これだけ全然読めない」
「…………」
返事がない。
「セブランさん?」
アルトが。
隣を見る。
「…………」
セブランは。
蛇を抱く人型の紋様を。
じっと見つめていた。
「どうした?」
「…………」
薄暗い洞窟。
浅い水面に。
二人の影が。
静かに揺れていた。




