天を踏む
「普通が通じる相手には見えないし」
「ははっ!」
リアスが。
口元の血を拭った。
「なぁ」
「ん?」
「お前……強いなぁ」
「そりゃどうも」
「いいなぁ……」
リアスの笑みが。
どんどん。
深くなる。
「いいよなぁ……!」
「…………」
「楽しくなってきた」
その言葉と共に。
リアスが両腕をだらりと下ろした。
「だからよぉ」
「?」
「本気出していいか?」
パイルが。
少しだけ眉を寄せる。
「……今まで本気じゃなかったの?」
「あぁ!」
リアスが笑う。
「今までのは普通の本気だ!」
「普通の本気……」
「次のは――」
ニィッと。
歯を見せる。
「本気の本気だ!」
「…………」
パイルが。
即座に首を横へ振った。
「遠慮しとくよ」
「はははは!」
「いや、本当に」
「楽しもうぜ!」
「聞いちゃいない……」
パイルが《風穴》を構え直す。
その瞬間。
リアスの笑みが。
さらに深くなった。
「――《星纏》」
「……?」
パイルの目が。
僅かに見開かれる。
次の瞬間。
リアスの身体から。
眩い星の光が溢れ出した。
「なに……それ」
光は。
リアスの胸元へ集まり。
一つ。
二つ。
三つ。
小さな星となって浮かび上がる。
それらが。
細い光の線で結ばれていく。
山羊座。
だが。
パイルがそれを理解するより早く。
光はリアスの全身を駆け巡った。
「おいおい……」
最初に変化したのは頭部だった。
こめかみの辺りから。
黒銀の角が伸びる。
羊のように丸まるのではない。
山羊のように。
鋭く。
長く。
後方へ反る角。
その目もまた。
変わっていく。
瞳は琥珀色に染まり。
獣のように細く鋭くなった。
髪がふわりと浮き。
毛先には灰銀の光が滲む。
次いで。
肩。
胸。
脇腹。
そこへ灰白色の装甲が浮かび上がる。
岩肌を削り出したような硬質な装甲。
だが。
重厚でありながら。
動きを阻害するような鈍さはない。
むしろ。
山を駆ける獣のような。
しなやかさすら感じさせた。
「…………」
そして。
最も大きく変化したのは脚だった。
太腿の筋肉がさらに膨れ上がり。
脛には山羊の脚を思わせる装甲が沿う。
足先は。
《征蹄》と一体化するように。
巨大な蹄のような踏脚甲へ変じていた。
踏み締める度。
星の火花のような光が散る。
さらに。
背からは。
細長い光の帯が数本たなびいていた。
マントではない。
翼でもない。
星の残光そのものが。
リアスの動きに合わせて尾を引いているようだった。
だが。
腰に差された二振りの曲刀だけは。
変わらない。
いつものまま。
鈍く光る刀身を見せている。
「まだ何かあるのかよ……」
パイルが。
乾いた笑いを漏らす。
リアスは。
変貌した姿のまま。
ゆっくりと足を上げた。
「《天踏》」
――カツン。
「…………⁉︎」
何もない空中で。
音が鳴った。
リアスの足が。
止まっている。
足場などない。
石も。
壁も。
何もない。
なのに。
まるでそこに地面があるかのように。
リアスは空中へ立っていた。
「え?」
――ダン!!
次の瞬間。
リアスが空を蹴る。
横へ。
一気に飛ぶ。
――カツン!!
また別の空中へ足をつく。
――ダン!!
上へ。
――カツン!!
今度は斜め下へ。
「いやいやいや……!」
右。
左。
上。
下。
空そのものを足場にして。
リアスが縦横無尽に駆け回る。
「それ反則じゃないかなぁ!」
「ははははは!!」
頭上。
空中へ立ったリアスが。
楽しそうに笑う。
「行くぞぉ!!」
《征蹄》へ。
力が溜まっていく。
歩く度に。
踏む度に。
跳ぶ度に。
空中ですら。
その一歩一歩が。
全て蹴りの威力になる。
「それ……」
パイルが苦笑する。
「霊器と相性良すぎない?」
「今更気付いたかぁ!!」
――ダン!!
空が爆ぜた。
「くっ!」
リアスが頭上から一直線に迫る。
今までとは。
比べ物にならない速度。
「《風壁》!!」
――ゴォォォォ!!
「そんなもん!!」
リアスが脚を振り上げる。
「ぶち抜く!!」
――ドゴォォォォォン!!
「ぐぅっ!!」
風の壁が。
一撃で破裂した。
「うわっ!!」
パイルの身体が跳ねる。
地面を滑り。
どうにか《風穴》を突き立てて止まった。
「はぁ……」
顔を上げる。
「はぁ……はぁ……」
その視線の先。
リアスは地面へ降りていない。
何もない空中に立ったまま。
こちらを見下ろしていた。
「…………」
額の汗を拭う。
「参ったなぁ」
《風穴》を構え直す。
「本当に厄介だなぁ!」
「はははは!」
リアスが。
空を踏み締めた。
「ここからが本番だぁ!!」




