炎の軌跡
◇
時は少し遡る。
アルト達がナーラを連れ、その場を離れた直後。
「こっからは――」
バルガスの掌へ光が集まる。
「好きに暴れさせてもらうぜ」
「ししし……」
セトが《毒吻》を構える。
「ようやく霊器ですか」
「あぁ」
バルガスがニッと笑う。
「待たせたな」
集まった光が、その手の中で形を成していく。
最初に現れたのは。
バルガスの身長を優に超える長い柄。
黒鉄のような色をした柄には、所々に赤黒い金具が巻かれている。
その先端。
真っ直ぐ伸びた鋭い穂先の左右から、炎を思わせる二枚の刃が広がっていく。
方天戟。
だが、左右の刃は同じ形ではない。
片方は大きく湾曲し。
もう片方は獣の牙のように鋭く尖っている。
刃の表面には、赤熱した亀裂のような紋様が走っていた。
「…………」
セトが目を細める。
さらに柄の中央より少し上には。
幾重にも巻きつけられた赤い布。
その端は二つに分かれ、長く垂れている。
まるで。
燃え盛る炎の尾。
そして石突には、馬の蹄を思わせる黒鉄の装飾が施されていた。
「来い――」
バルガスが柄を握る。
――ボッ。
刃に刻まれた赤い亀裂が、内側から火を灯したように輝く。
熱を孕んだ風が吹き。
赤い布が大きく揺れた。
「《炎駒》!!」
バルガスが巨大な方天戟を片手で持ち上げる。
――ブォン!!
「…………!」
そのまま大きく横へ振るう。
赤い布が炎の尾のように靡き。
刃が空中へ赤い軌跡を刻む。
セトが僅かに身体を引く。
だが。
刃は届いていない。
「ししし……」
セトの口元が歪む。
「何を狙って――」
「《爆跡》」
「?」
直後。
《炎駒》が通った軌跡が赤く輝く。
「⁉︎」
――ドォォン!!
「ぐっ!!」
爆発。
セトの身体が大きく吹き飛ぶ。
「くっ……!」
――ビュン!!
セトが空中で《毒吻》を振るう。
長い鞭の先端が柱へ巻きついた。
「ぐぅっ!」
強く引く。
吹き飛ばされていた身体が途中で止まり。
勢いのまま弧を描いて床へ降りる。
――ザッ!
「…………」
セトが顔を上げる。
「今のは……」
「ダッハハハハ!!」
爆煙の向こう。
《炎駒》を肩へ担いだバルガスが笑っている。
赤い布が爆風の中で揺れていた。
「どうした!」
――ダン!!
「⁉︎」
一気に距離を詰める。
「まだ始まったばっかだぞ!」
《炎駒》を振り下ろす。
「くっ!」
――ビュン!!
《毒吻》が走る。
鞭が《炎駒》の柄へ巻きついた。
「…………!」
セトが身体を捻りながら、横へ強く引く。
バルガスの怪力そのものは止められない。
だが。
軌道なら。
――ドゴン!!
逸らされた《炎駒》が床へ叩き込まれる。
「ししし……!」
「器用なことしやがる!」
バルガスが笑いながら柄を捻る。
「⁉︎」
巻きついていた《毒吻》が弾かれる。
そのまま《炎駒》を横へ振るう。
――ブォン!!
「くっ!」
セトが後ろへ跳ぶ。
刃は届かない。
だが。
「《爆跡》」
「ちっ!」
――ドォン!!
「ぐっ!」
残された軌跡が爆発する。
セトが咄嗟に《毒吻》を振るい、離れた柱へ巻きつける。
――ビュン!!
鞭を引き。
自らの身体を横へ飛ばす。
爆炎が足元を掠めた。
「逃がすかぁ!」
バルガスが追う。
《炎駒》を突き出す。
――シュッ!!
「…………!」
セトが首を傾ける。
穂先が頬の横を通り過ぎた。
そこにも。
赤い軌跡。
「《爆跡》!」
「⁉︎」
――ドォン!!
セトが《毒吻》を床の亀裂へ絡ませ。
一気に身体を引く。
爆発する直前。
その場から滑るように離れた。
「ししし……!」
「おっ!」
バルガスが目を丸くする。
「よく避けたな!」
「あなたの攻撃を見れば、これくらいは……!」
「なら!」
バルガスが《炎駒》を振り上げる。
「これはどうだ!」
横薙ぎ。
――ブォン!!
セトがしゃがむ。
その頭上へ。
赤い軌跡が残る。
続けて。
振り下ろし。
「くっ!」
セトが横へ転がる。
そこにも縦の軌跡。
さらに突き。
「…………!」
《毒吻》を振るう。
鞭を柱へ巻きつけ、自らの身体を引き寄せる。
穂先を避ける。
だが。
また。
赤い軌跡が残った。
「…………」
セトの笑みが少しずつ消えていく。
前。
横。
後ろ。
頭上。
避けるたびに。
周囲へ《炎駒》の軌跡が増えていく。
「さて」
バルガスが《炎駒》を肩へ担ぐ。
赤熱した亀裂が揺らめき。
柄に巻かれた赤布がゆっくりと靡く。
「どこに逃げる?」
「…………」
セトが周囲を見る。
どの方向へ動いても。
赤い軌跡がある。
一つ爆発すれば。
その衝撃で別の軌跡へ追い込まれる。
「ししし……」
それでも。
セトは再び笑った。
「なるほど」
「あ?」
「あなた……思っていたより、ずっと強い」
「ダッハハハハ!」
バルガスが豪快に笑う。
「そりゃどうも!」
「…………」
セトが《毒吻》をゆっくりと下ろす。
「なら――」
その瞳が鋭く細められる。
「こちらも、出し惜しみはやめましょう」
「…………?」
バルガスの笑みが。
僅かに変わった。




