私を傷つけることはできないでしょう?
――ガキン!!
「っ!?」
レテの目の前で。
《水凪》を受け止めていた四本の《射恋》が一斉に増殖する。
「くっ!」
レテが咄嗟に《水凪》を引く。
――ヒュヒュヒュッ!!
増殖した《射恋》が。
至近距離から一斉に放たれた。
「《水壁》!」
――バシャッ!!
二人の間に。
水の壁が立ち上がる。
――ドドドドッ!!
次々と鉄杭が突き刺さり。
水壁が大きく揺れる。
「くっ……!」
数が多い。
このままでは押し切られる。
「…………?」
その時。
水壁の向こうからリシェルの姿が消えた。
「ディーネ!」
傍らを泳ぐディーネが。
大きな尾鰭を右へ揺らす。
「!」
レテが振り向く。
――ヒュッ!!
「っ!」
《射恋》が頬を掠める。
その向こうから。
リシェルが迫っていた。
「はっ!」
指の間に挟んだ二本の《射恋》を。
引っ掻くように振るう。
――ギィン!!
「くっ!」
レテが《水凪》で受け流す。
すぐにもう一方の手から。
《射恋》が迫る。
「!」
身体を反らす。
――ヒュッ!
二本の《射恋》が。
鼻先を通り過ぎた。
「…………!」
今。
リシェルの胴が空いた。
レテが《水凪》を横薙ぎに振るう。
刃を潰して。
斬るのではなく打ちつける。
――ヒュッ!
「…………?」
当たらない。
いや。
違う。
リシェルが避けたんじゃない。
自分が外した。
「…………」
「どうしました?」
「……何でもありません」
レテが一歩。
後ろへ下がる。
おかしい。
今のは確実に当てられた。
それなのに。
最後の瞬間。
手がほんの僅かに逸れた。
「…………」
疲労。
そう考えれば説明はつく。
長く戦っている。
呼吸も乱れて。
腕だって重くなっている。
「まだいきますよ」
「!」
――ヒュン!!
リシェルが一本の《射恋》を。
投げ放つ。
「増えて」
――ガキン!!
一が二。
二が四へ増える。
「《水輪》!」
――バシュッ!!
円弧状の水刃が。
四本の《射恋》をまとめて弾き飛ばす。
――キキキキィン!!
「…………!」
視界が開く。
正面から。
リシェルが迫っていた。
「同じ手は!」
レテも踏み込む。
「《水走》!」
――バシャッ!!
一気に互いの距離が消える。
「!」
右から《射恋》。
《水凪》で受け流す。
続く左を。
身体を沈めて躱す。
「今です!」
懐へ完全に入った。
今度こそ。
当てられる。
「はぁっ!」
《水凪》を下から振り上げる。
「…………っ」
その瞬間。
胸の奥に妙な抵抗が生まれた。
「…………?」
振り上げる手が。
ほんの僅かに止まる。
「遅いです」
「!」
リシェルが後ろへ跳ぶ。
――ヒュッ!
《水凪》が。
また何もない空間を斬った。
「…………」
今のは疲れじゃない。
身体は動いた。
狙いも間違っていない。
なのに。
最後の瞬間。
止めた。
自分で。
「…………」
レテが《水凪》を見る。
どうして?
「どうかしましたか?」
「……何でもありません」
「そうですか」
リシェルがゆっくりと。
こちらへ歩いてくる。
「…………」
戦わないと。
ここで自分が倒れれば。
後ろにいる怪我人達にも攻撃が向くかもしれない。
だから。
ここで止めないといけない。
分かっている。
それなのに。
レテが《水凪》を構え。
切っ先をリシェルへ向ける。
「…………っ」
胸の奥から。
強い抵抗が込み上げる。
嫌。
「え……?」
思わず声が漏れた。
今。
何を。
「…………」
レテが首を振る。
違う。
戦わないと。
「ディーネ」
傍らを泳ぐディーネが。
心配そうに大きな尾鰭を揺らした。
「大丈夫です」
自分へ言い聞かせるように。
もう一度《水凪》を構える。
「大丈夫……ですから」
――ダン!!
レテが踏み込む。
水を纏い。
一気に距離を詰める。
「!」
右から《射恋》。
受け流す。
左。
躱す。
今度はレテの方が。
一手早い。
「…………!」
隙。
首元。
「…………っ」
そこは駄目。
なら。
肩。
でも。
肩も傷つけてしまう。
「…………」
腕。
脚。
どこなら。
「レテさん?」
「…………!」
気づいた時には。
《水凪》がリシェルの目の前で止まっていた。
「どうして……」
レテ自身にも分からない。
攻撃しようとすると。
胸が苦しくなる。
怖いわけじゃない。
殺したくないのとも少し違う。
そもそも。
最初から殺すつもりなんてない。
それなのに。
傷つけることすらしたくない。
「どうして私は……」
「あぁ……」
「…………?」
リシェルが。
ふっと笑った。
「ようやく効いてきたみたいですね」
「……何がですか?」
「あなたが女性だからでしょうか」
「…………?」
「いつもより時間がかかったみたいですね」
「どういう……」
「別にいいでしょう?」
「⁉︎」
リシェルが。
ゆっくりと近づいてくる。
「私の……声が聞こえていれば」
「…………」
「それで十分です」
「何を……したんですか」
「特別なことはしていませんよ?」
リシェルがさらに一歩。
レテへ近づく。
「…………っ」
下がらないと。
距離を取らないと。
分かっているのに。
足が動かない。
「ほら」
リシェルが《水凪》へ。
ゆっくりと手を伸ばす。
「そんなもの」
指先が水の刀身へ触れる。
「下ろしてしまえばいいんです」
「…………」
レテの腕が。
ゆっくりと下がっていく。
「駄目……です」
「どうして?」
「私は……」
守らないと。
後ろにいる。
みんなを。
でも。
「…………っ」
言葉にしようとするほど。
胸の奥が苦しくなる。
「無理をしなくてもいいんですよ」
「…………」
優しい声。
そう感じてしまった。
「⁉︎」
レテが。
自分自身に驚く。
何を考えているんですか。
この人は敵なのに。
「…………っ」
《水凪》を握る手に力を込める。
戦わないと。
戦わないと。
何度も自分へ言い聞かせる。
それなのに。
目の前のリシェルを傷つける姿を想像するだけで。
胸が締めつけられる。
「…………」
リシェルが。
そんなレテを見つめる。
そして。
柔らかく笑った。
「もう」
指の間に《射恋》を挟む。
「私を傷つけることはできないでしょう?」
「…………!」
レテが《水凪》を。
強く握りしめた。




