記憶
◇
「あなた……一筋縄ではいかないみたいですね」
リシェルが小さく。
息を吐く。
「……えぇ。負けるつもりはありませんから」
レテが《水凪》を。
構え直す。
「そうですか」
リシェルが。
指の間に挟んだ《射恋》へ目を向ける。
「では、私も戦い方を変えてみようと思います」
「…………?」
一本の《射恋》を。
指の間から抜く。
「今度は何を……」
――ヒュン!!
「!」
投げた。
レテへ向かって。
真っ直ぐに。
「増えて」
――ガキン!!
「っ!」
一本だった《射恋》が。
空中で二本へ増える。
さらに。
「増えて」
二本が四本。
四本が八本へ。
「そんなに……!」
八本の《射恋》が。
正面から迫る。
「《水鞭》!」
《水凪》の刀身が。
長くしなる。
「はぁっ!」
――キキキキィン!!
横薙ぎに振るい。
迫る《射恋》を次々と弾き飛ばす。
「くっ……!」
一本。
二本。
三本。
まだ来る。
七本。
そして。
最後の一本。
――キィン!!
「…………!」
弾いた。
全て。
「ふぅ……」
「遅いです」
「え?」
声が。
近い。
「…………!」
レテが顔を上げる。
鉄杭の向こうにいたはずのリシェルが。
すでに目の前まで迫っていた。
「いつの間に……!」
リシェルの右手。
その指の間には。
二本の《射恋》が挟まれている。
「はっ!」
引っ掻くように。
右手を振るう。
「っ!」
――ギィン!!
レテが《水凪》で。
受け止める。
「さっきの《射恋》は……目隠し……!」
「それもあります」
「!」
リシェルの左手が。
レテの腹へ伸びる。
掌底。
「くっ!」
身体を捻って避ける。
そのまま。
レテも《水凪》を振るう。
――ヒュッ!
「…………」
リシェルが後ろへ跳び。
斬撃を躱す。
距離が開いた。
「逃がしません!」
「逃げたつもりはありません」
「!」
空中で。
リシェルが《射恋》を投げる。
――ヒュン!!
「また……!」
「増えて」
一本が二本。
二本が四本へ増える。
「《水壁》!」
――バシャッ!!
レテの前に。
水の壁が立ち上がる。
――ドドドドッ!!
四本の《射恋》が。
次々と突き刺さる。
「…………!」
防いだ。
その瞬間。
ディーネの大きな尾鰭が。
強く揺れた。
「!」
横。
気配。
「《水凪》!」
――ギィン!!
「…………!」
左から迫っていた《射恋》を。
《水凪》で受け止める。
違う。
《射恋》だけじゃない。
その二本を指に挟んだ。
リシェル自身。
「また……!」
「今度は分かりましたか」
「えぇ……!」
レテが《水凪》を押し返す。
リシェルは逆らわず。
自ら後ろへ跳んだ。
また。
距離が開く。
「…………」
遠い。
そう思った瞬間。
――ヒュン!!
「!」
また《射恋》が。
飛んでくる。
「増えて」
――ガキン!!
「くっ!」
レテが《水凪》を振るう。
――キキキィン!!
増殖した《射恋》を。
次々と払い落とす。
でも。
今度は分かっている。
「ディーネ!」
大きな尾鰭が。
強く揺れる。
気配は。
正面。
「そこです!」
最後の一本を弾くと同時に。
《水凪》を返す。
――ギィン!!
「…………!」
いた。
《射恋》を目隠しにして。
接近していたリシェル。
「二度は通じません!」
「えぇ」
リシェルが。
僅かに笑う。
「そうすると思いました」
「…………?」
――キン。
「!」
頭上から。
金属音。
先ほど弾いた《射恋》の一本が。
宙へ舞い上がっている。
「増えて」
「っ!?」
――ガキン!!
頭上で一本の《射恋》が。
四本へ増える。
「《水壁》!」
――バシャッ!!
咄嗟に水を。
頭上へ展開する。
――ドドドドッ!!
「くっ……!」
四本の《射恋》を。
水壁が受け止める。
でも。
そのせいで。
レテの視線が上へ向いた。
「今度はこちらです」
「!」
正面。
リシェルが。
すでに懐へ入り込んでいる。
「しまっ――」
二本の《射恋》を挟んだ右手が。
横薙ぎに振るわれる。
――ザシュッ!!
「っ……!」
レテの肩から。
血が散った。
――ザッ!
すぐに後ろへ下がる。
「…………」
浅い。
まだ。
動かせる。
「なるほど……」
レテが傷口へ。
僅かに目を向ける。
「遠くから《射恋》を増やして、私に防御させる」
《水凪》を。
握り直す。
「その間に近づく」
「はい」
「近づいたと思えば、また離れて《射恋》を投げる」
「はい」
「それだけではなく……」
レテが周囲を。
見渡す。
自分が弾いた《射恋》。
壁に刺さった《射恋》。
床へ落ちた《射恋》。
至るところに。
鉄杭が残されている。
「私がどう防ぐのかまで、見ているんですね」
「もちろんです」
リシェルが新たな《射恋》を。
指の間に挟む。
「あなたは先程、八本を同時に投げた時」
「…………」
「右から左へ《水凪》を振りました」
「!」
「だから私は、あなたの右側へ入りました」
「…………」
「次はそれを警戒して、私が近づいてくる方を見た」
リシェルが。
一歩近づく。
「だから上から《射恋》を」
「…………」
「あなたが覚えさせないために戦い方を変えるなら」
一本の《射恋》を。
投擲の構えへ。
「私は、その全てを覚えながら」
――ヒュン!!
「増えて」
――ガキン!!
飛来する《射恋》が。
再び増殖する。
「戦い方を変え続けます」
「…………!」
レテが《水凪》を。
強く握る。
遠距離と近距離。
その二つを絶え間なく。
入れ替えてくる。
そして。
こちらが対応するたびに。
その対応すら。
次の攻撃へ利用される。
「…………」
レテの額を。
一筋の汗が流れた。
初めて。
自分の間合いが。
分からなくなっていた。




